4月5日(月)


 午前10時30分。電話で起きる。
 嫁からだ。もうすぐ京都駅に着くという。
 朝早く起きたのだが、いつのまにか二度寝していたようだ。
 昨日の善峰(よしみね)寺の参道がよほど堪えたのだろう。

 午前11時10分。京都駅。
 グルメ・バカ娘と、嫁が到着。
 700系のぞみに乗って来たというではないか!
 ずるいぞ!

 午前11時30分。ホテルグランヴィア京都の料亭「吉兆」に、「花筏(はないかだ)
3980円 限定20名様まで」という文字を見つけておいた。
 3980円という値段自体は高いが、天下の「吉兆」の名を知っている人には、その
値段の安さは驚嘆モノだということがわかってもらえると思う。
 松花堂弁当を、懐石風にしたようなこじんまりとした料理は、さすが「吉兆」の味。
昼から満足して、そのまま眠りたくなる。
 どうして人間は美味しい物を食べると、眠くなるんだろう。

 午後1時30分。なぜか京都のマンションに向かわず、JR神戸三宮駅にいる。
 今回の京都シリーズは、3つ必ずやってみようと思っていたことがある。
 ひとつは、4月3日の勝龍寺。
 ふたつ目は、明智光秀、本能寺の変のコースをたどる旅。
 そして、3つ目は、きょうのバウムクーヘンの旅である。

 バウムクーヘンを嫌いなデブは、まずいないだろう。
 そんなに好きではないというようなデブもいないと思う。
 入院前、極度のデブであった、私は箱入りの「和同開珎」のような形の大きなバウム
クーヘンをいただくと、その日のうちに全部食べてしまうぐらい、バウムクーヘンが好
きだった。
 デブのアイドル・バウムクーヘンである。

 しかし、私は脳内出血で倒れて以来、バウムクーヘンを口にしていないのだ。デブの
素だから、絶っているのだ。
 その私が禁を破ってまで、今、バウムクーヘンを食べに、わざわざ神戸までやって来
ている。

 ハイ、デブのみなさん、耳をすませて!
「この神戸に、焼きたてのバウムクーヘンをその場で食べさせてくれるお店があるんだ
ってよ〜〜〜〜〜!」
 ワーー、ワーー、ピーー。ピーー!
 水島新司さんの野球漫画の擬音のように、デブたちの大歓声が聞こえるようだ。
「しかも、その店は、日本で最初にバウムクーヘンを売り出したお店なんだってよ〜〜
〜〜〜!」
 ワーー、ワーー、ピーー。ピーー!
 こんな情報が入ったら、行かずにはおれんよね〜!

 というわけで、実はこのユーハイム本店が、三宮駅から、元町のあいだぐらいにある
という、不確かな情報しか手に入れていないのに、私は家族を連れて、ここまで来てし
まったのである。

 おかげで、場所を探すために、またまた歩いた。
 阪神大震災以降、神戸に来るのは初めてだから、どうも土地勘がくるっている。
 以前は何度も来ていたので、大体この辺に商店街があって、あるとしたらこの辺だろ
うと目星をつけられた。
 でもどのお店も新しく建て直されているので、しばらくずっと初めての土地を訪れた
ような感覚に陥ってしまった。
 歩いていくうちに、東西南北も思いだし、海がどっちかわかると、歩きやすくなった。

 さて、ユーハイム本店があったのは、三宮センター街のはずれ、元町一番街に入って、
すぐのところにあった。
 なにしろ、この焼きたてのバウムクーヘン・セット 1000円は、午後2時からの
メニュー。
 午後2時からじゃないと食べられない。
 
 午後1時50分。とうとう待ちきれずに入る。
 1分、1秒でも早く焼きたてのバウムクーヘンが食べたい!
 店内2階に上がると、写真入りで、バウムクーヘン・セットの写真が、壁に貼ってあ
る。
 これだ、これだよ!
 全国1000万人デブが、羨望の眼差しで見つめるであろう、バウムクーヘン・セッ
トの勇姿だ!
 お店の人に聞く。
「ちょっとまだ早いんですが、バウムクーヘン・セットはもう頼めますか? なんなら
コーヒーだけ先に出して置いてもらって、バウムクーヘンだけ、2時ちょうどでもいい
んですけど」
「少々お待ちください!」
 わくわく。ドキドキ。
 ♪デブの大好きな〜、バウムクーヘン!
 思わず、『ぼくのクラリネット』の替え歌を口ずさむ。
 
 答えが返ってくる代わりに、バウムクーヘン・セットが大きなお皿に乗ってやってき
た!
 一番の焼き立てだ〜〜〜!
 嫁がデジカメするのを、横目に、元デブは、バウムクーヘンにかじりつく!!!
   あんぐゅあ〜〜〜?  あつあつじゃないの?  手で持てないぐらい熱くないの?  横を見ると、私とおなじように、グルメ・バカ娘がぶーたれた顔をしている。 「まるでホテルのバイキングで、ライトで温められた朝食セットみたいな暖かさだよーー!」  グルメ・バカ娘! おまえうまい表現するじゃないか!  ホメてる場合じゃない!  冷め切っているとまでは言わないが、ぬくぬくしている程度だぞ! くやしい〜〜〜〜〜!  バウムクーヘンの焼き立てといったら、誰だって、あつあつのはふはふが食べられる と思って来るよなーーー!  時間まで指定されていたら、あつあつのはふはふが食べられると思うよなーーー!  なあ、みんなーーー!  だんだん、口調が暴走族になってくるぜい!  釈然としない。憤懣(ふんまん)やるかたない。怒りのやり場が無い。  途方に暮れた元デブを見かねた、嫁が店員に聞いてくれる。 「焼き立てというのは、もっと暖かくないんですか?」 「少々お待ちください!」  しばらくすると、いかにも肝臓が悪そうな顔の支配人がやって来て、説明してくれた。  一応、焼き立てなんだけど、5Fから2Fに持って来る段取りのなかで、だんだん熱 が冷めてしまうそうだ。  だったら、焼き立ての名前を付けるなよーーー!  まあ、この支配人さんのすまなそうな顔に免じて、ガマンしてあげるけど、東京から、 このお店をめざしてやって来た人間に、このバウムクーヘンではあまりにも代償のほう が大きかったぞ!  などと言いながら、帰りには、ちゃっかり筒状の大きなバウムクーヘン 2000円 (限定販売)を買って帰る、元デブであった。  もちろんあとで実姉と食べたのだが、こっちは美味しい!  バウムクーヘンはやっぱり、こってり白い糖衣がかかっていないとね!  バウムクーヘン・セットのように、生クリームをつけて食べるのは、邪道だね!      午後3時。このまま帰るのもシャクなので、ハーバーランドの神戸新聞のビルに行く。  以前関西の情報誌「Lマガジン」にいた前田さんという古い知り合いが、最近ここに 勤務になったというメールが来たので、寄ってみる。残念ながら、会議中だそうだ。  運の無い日は、こんなもんだ。  でも絶対めげない家族は、しっかりハーバーランドを見物して行く。ちょうど博多の キャナルシティみたいになっていて、倉庫のレストランとか、小物を扱うお店が港に面 して、ずらりと並ぶ。  月曜日だというのに、休日のようなにぎわいだ。  阪神大震災からこっち、神戸に来たことがなかったので、こんな大きなレジャー施設 が出来上がっていたことを知らなかった。  新作『桃太郎電鉄』の新物件に入れるのを忘れているぞ。  今からでも入れようかな?  あっというまに歩き疲れる。  午後4時。JR三宮駅から、新快速で、京都に向かう。  疲れ果てて、電車のなかで、寝る。  午後5時。京都のマンションに着く。  それにしてもバウムクーヘンは、悔しかった。  どこかほかのお店で、本当の焼き立てのバウムクーヘンを食べさせてくれないかな〜?   1万円出してもいいぞ! 「あち! あち! あち!」と言いながら、バウムクーヘンが食べられたら、1万円も 惜しくないぞ!  午後6時。実姉と待ち合わせて、グルメ・バカ娘が大好きな、大好きな、「三嶋亭」 に行く。  きょうもオイル焼きのコース。  お箸で切れる、やわらかいお肉は健在。  笑いながら、食べていたら、1時間もかからずに食べ終えてしまった。これじゃ、本 当に「ぺろり」だ!  午後7時。実姉に、お土産のバウムクーヘンをあげる。  元デブの実姉である。バウムクーヘンが嫌いなわけが無いと睨んでいた通りである。  それどころか、ユーハイムより、ジャーマン・ベーカリーのバウムクーヘンのほうが 美味しいという講義を聞かされてしまった。  まったく、食い道楽の血を引きし者たちである。    明日は何を食べようかな?  それより『さくま式人生ゲーム2(仮)』のまとめ作業を続けないと。4月12日に 打ち合わせを入れてしまった。  宮路一昭くん、イースの蝦名さん、北川さん、来れるかな?  その前に私がおおよそ完成させとかないとな。  でも明日は、何を食べようかな?


(c)1999/SAKUMA