6月25日(水)


 午前6時。東京の生活と変わらず、『桃太郎電鉄KYUSHU』の仕様書作り。

 大分県は、テレビのチャンネル数が少ないのかな。
 民放が2局しかない。
『朝ズバッ』も『とくダネ!』もやっていない。
 携帯電話の圏外の場所も少なくなっている時代に、民放が見れないと
いうのは、よく考えると極めて時代遅れな気がする。
 どうも最近、テレビに隙間とか、抜け穴が見えるような気がする。

 午前8時30分。豪雨は収まったようだけど、外は霧雨。
「芙蓉倶楽部」をチェックアウト。

 午前9時。昨日、別府駅から「芙蓉倶楽部」まで乗ったタクシーの運 転手さんが知り合いの個人タクシーの運転手さんを紹介してくれた。  昨日の運転手さんの応対が非常によかったので、その場できょうもお 願いしていたのだ。  ところが会社に戻ったら「明日は、東ティモールの要人のお相手をし ろ」と言われて仕事を入れられてしまったそうなのだ。  東ティモールという言葉を、別府で聞くと思わなかった。  おなじ会社の人が来るのだと思ったら、個人タクシーの人が来た。  昨日の運転手さんの古くからの知り合いなのだろう。  この運転手さんが、よかった。  運転は丁寧だし、地理も詳しい。  昨日の運転手さんが「九州じゅうの地理に明るい人ですから」と言っ ていたのは、本当だった。  何より出しゃばらないのがいい。  最近、地方に行くと、居心地のいい豪華旅館よりも、接客のいいタク シー運転手さんを探すことの比重のほうが高くなって来ている。  しかし、天気のほうはさすがに、ダメ。 「芙蓉倶楽部」の近くに、高速の入り口があるんだけど、別府ー湯布院 間は、霧のため通行止め。

 下の道路から、湯布院に向かう。  湯布院が盆地で、朝霧の町というのはよく知っているけど、別府も霧 が多いというのは知らなかった。  別府ー湯布院までの高速道路は、しょっちゅう霧で通行止めになるそ うだ。  狭霧(さぎり)峠へ。  見晴らしのいい峠として、有名らしい。

 でも、まったく霧しか見えない。

 いつもこういう景色に出会うと、ヒッチコックの映画『レベッカ』を 思い出す。  幻想的な景色だ。  10数m離れたら、人の姿も見えなくなりそう。  午前9時30分。湯布院へ。  次第に、霧が晴れてきた。  またいつものパターンか?

 金鱗(きんりん)湖へ。

 傘がいらないレベルの霧雨程度になって来た。  というより、あいかわらず昨日から、一度も傘を差していない。  私は旅に出るとき、折り畳み傘ひとつ持ってでかけたことはない。

 湯布院へは何度も来ているので、見慣れた風景ばかりと思いきや、新 しいお店がいくつも出来ていた。  あっ。あのお店!  うちで一時期、マイブームだったかぼす醤油を売っているお店だ。  長いこと、『桃太郎電鉄』の湯布院の物件として君臨している「かぼ す醤油屋」のモデルのお店だ。

焼酎蔵」という名前だったけ?  あれ〜? こんなにいっぱいお酒を売っているお店だったかなあ…。  運転手さんが説明してくれた。  このお店は、実は2号店で、私が湯布院で必ず寄っていたお店は、本 店のほうで「醤油屋」という名前だそうだ。

 このお店の商品は、パッケージがどれもこれもデザインがおしゃれで、 格好いいんだよ。  お酒が飲めない私でも買いたくなるような、焼酎のデザインばかりだ。  のんき人形というのが、ちょっとおもしろかった。

 物件として、登場させるほどではないかな。  お土産品を見ては、つねに自問自答だ。

 ひさびさに、かぼす醤油を大量に買って、東京に送る。  ほかにも、梅ゴマのふりかけとか、焼酎とかも…。 「焼酎蔵」の向かいに「どぶろく、1日20本限定」の文字が。  運転手さんも「あんなお店なかったなあ…」という。 「泉酒販」というお店。  何でも、70過ぎからおじいちゃんが急に始めたお店だそうだ。

 湯布院は、最近黒川温泉にお客さんを奪われているという噂を聞いて いたけど、どうして、どうして、まだまだ元気。  いっぱいお店が増えている。  午前10時。湯布院での定宿「亀の井別荘」へ。  きょうは宿泊ではないので、喫茶の「天井桟敷」へ。  庭の新緑が、美しい。  雨上がりだから、目に鮮やか。

 テラス席で、お茶。  冷たい梅蜜ジュース、林檎のコンポート、ホットコーヒー。

 梅蜜ジュースが、うまいっ。  林檎のコンポートも絶品。 「亀の井別荘」は、値段が高くて、予約も取りづらいけど、湯布院に来 たら、この喫茶店に来るのは、絶対お勧め。  朝の8時からやっているのも、観光客には助かる。  旅先で早起きしても、行ける場所が少ないからね。  しかし、「亀の井別荘」の庭に吹く風って、独特だなあ…。  巨大なフィルターを通った…という言い方だと風情がないなあ…。  澄み切った文学的な風が、ふわ〜〜〜と吹いてくるんだよ。  この旅館に来る度に、この風の吹き抜け具合に驚かされる。  昨日も、亀の井別荘に泊まればよかったかなあ…。  午前10時30分。湯布院の白滝川の畔にある「B−speak」へ。

 このところ、どの観光地でもロールケーキを名物にするようになって きた。  ロールケーキというのは、その地方の特産品を入れているわけではな いので、『桃太郎電鉄』の物件のなかに組み込みづらい。  でも、この「B−speak」は、全国的にもいちばん早くロールケ ーキで有名になったお店だ。  運転手さんも「このお店は、いつも行列が出来ていますよー」と言っ ていた。  Pロールと呼ばれるロールケーキのカットサイズを買う。  昔は、太巻きのように大きいロールケーキ1本くらい屁でもなかった けど、いまは健康を考えないとね。  でも、パンナコッタも買う。  パンナコッタは、自動車に乗ってすぐ食べた。

 恵比寿の「筑紫楼」の杏仁豆腐のように、ふわふわで大人っぽい味。  ちゃんとお皿に移して、ゆっくり食べたかった。

 大分自動車道に入る。  運転手さんと、大分県は読みづらい地名が多いという話になる。  さすがに、運転手さん、くわしい、くわしい。 「大分だって、本当は『だいぶ』って、読みますからね」 「大分県は、安心院(あじむ)、日出(ひじ)と、 微妙に読みづらい地名多いですよねー」 「杵築も、読めんですよね」  そういっているそばから、大分自動車道の路肩に登場する地名が、読 みづらい。  これ、何て読むとおもう。 1・水分 2・飯田高原 3・玖珠  正解は、CMの後で。 ・『桃太郎電鉄20周年』は、12月のいつの発売だか、わっかりませ 〜〜〜ん! ・『パチスロ桃太郎電鉄』は、7月のいつからお店に新台登場だか、わ っかりませ〜〜〜ん!  CMになっていない。  では、正解の発表。 1・水分(みずわけ) 2・飯田高原(はんだこうげん) 3・玖珠(くす)  水分は、「すいぶん」だろうに。  大分県の難読地名は、北海道のように端っから読めないっていうので はなく、読めるけど、読み方が変わっている。 『桃太郎電鉄KYUSHU』でも、難読地名クイズを入れるべきかな。  運転手さんから、九州の観光情報をたっぷり聞く。  長年、大型観光バスの運転をしていたので、九州じゅうのほとんどの 観光地を回っていたそうだ。  午前11時。日田(ひた)インターで下りる。  日田の市街地へ。

 この町には、念願がふたつある。  いまようやく、この念願が叶う。  叶うと言ったって、私の場合、ご当地グルメとかの念願であって、横浜 ベイスターズの選手と会うとか、そういった類いではない。  ベイのほうだったら、朝からもっと、そわそわしている。  午前11時30分。焼きそばの「想夫恋(そうふれん)本店」へ。  このお店に来たかったのだ。

 昭和30年。先代のご主人が、パンもご飯も焼いたものがあるけど、 麺類には焼いたものがないと思って作ったのが、この焼きそば。  当時は、名前もなく「大将、これは何という食べ物かい」「さあ、 何ち呼ぼうかね。麺を焼くから、焼きそばとでもしとくかね」と言った やりとりがあったそうだ。  焼きそばというのは、実は戦後に生まれた新しい食べ物なのだ。  しかも残念ながら「誰がいつどこで」考案したのかははっきりしてい ない。  最初は、醤油味だったという説もある。  ソース味に変わったのは、戦後の話らしい。  いずれにしても、当時比較的安く手に入りやすかったキャベツを入れ て量を増やすようになった。  キャベツを増やすと、水っぽくなるので、ソースをかけることで、補 おうとして、だんだんいまの焼きそばに近づいていったたようだ。  だから、このお店が焼きそばの発祥地の可能性は非常に高い。  実は、去年だったか、横浜にこの「想夫恋」の支店があるのを知って 食べに行った。  それなりにおいしかったのだが、その日の日記を読んだ近所の「田川 歯科医院」の院長先生が「写真を見るかぎり、想夫恋の焼きそばと焼き 具合が全然違うような気がする」と言ったのだ。  そして「たぶん、本店で食べると味が違うとおもうので、ぜひ食べに 行ってください!」といわれた。  なので、今年に入ってから、ずっとこの日田に来る機会を窺っていた のだ。  先月、秋月から天草まで旅行したとき、日田の隣りの吉井まで来たの も時間があったら、この「想夫恋」に寄るつもりだったのだ。  私も、嫁も、運転手さんも、いちばんオーソドックスな焼きそばを注 文。

 うまい! うまい! うまい!  麺はちょっと、太め。  パリッ、パリッ、パリッ。  表面がパリパリしている。  もやしも、多い。  シャキシャキ、シャキシャキ。  確かに、横浜で食べたのと、全然味が違う。  このお店の焼きそばは、生麺を茹でてから、焼くそうだ。  鉄板の中心に小さい窪みがあって、そこにラードを入れ、その油を麺 に絡ませながら焼くらしい。  このパリパリ感が、青森や、横手、富士宮の焼きそばとも違った製法 と味なのだ。  麺の表面は、パリパリしているけど、なかは、もちっとしているのだ。  味は濃い。  とてもスパイシー。  このスパイシーな味は、たぶん胡椒だと思う。  胡椒が見事に、豚肉にからまっている。  讃岐うどんが、東京に進出すると、麺がやわらかくなるように、「想 夫恋」も、横浜に進出してから、あまり表面をカリカリに焼き上げなく なったんだとおもう。  東京から高松に来た観光客のなかには「うどんは、もっとやわらかい ものだろう」というお客さんがけっこういるらしい。  讃岐うどんなんて、あの麺の弾力を楽しむものなのにね。 「想夫恋」は、パリパリ感がなければ、「想夫恋」じゃない。  だから、「田川歯科医院」の先生が写真だけ見て、「あの焼きそばは、 本来の想夫恋のと違う」と言ったのだろう。  まるで三谷幸喜脚本の謎解きみたいだ。ちょっと大げさ。  お店の奥さんに「ところで、『想夫恋』という名前は、どうして付け たんですか?」と聞く。 「はい。『想夫恋』。まさに、私の気持ちでございます!」 「はっはっは! 夫を思う恋しさですもんね!」 「…と申しますと、私、うそつきと言われてしまいます。ほほほ…」 「ハハハ! うまい!」  しょっちゅう聞かれるのだろう。  漢詩のようなものが書かれているプリントをくれた。 「想夫恋」とは「夫のことを遠く離れていても、案じ想う妻の恋心」の 意味だそうだ。  有名な漢詩の一節にあるのだろうか。  仏教用語のようでもある。  インターネットで調べると、「想夫恋(そうぶれん)」という雅楽の 曲名が見つかった。  源氏物語で夕霧が「想夫恋」を歌ったという下りもあるようだ。 『平家物語』巻六の小督(こごう)の哀話として有名ともある。  黒田節の一節にも「想夫恋」の言葉が入っているらしい。  ますますわからなくなった。  お店の人に、何という詩、または書物からの引用だったかまで聞くべ きだった。  でもお店の人曰く、「想夫恋」というのは、一度「想夫恋」の焼きそ ばを食べると離れなくなるという意味で付けたそうだ。  な〜るほどねー。  これで、やっと胸のつかえが取れた。  もちろん、「田川歯科医院」の先生に写メールを送った。  先生からの「私が言ったことを覚えていて、行ってくれたんですね。 感激です」と返事が帰ってきた。  以前も、東京のデパートに物産展の出店として来ていたご当地グルメ が、本場の味と全然違うことがあった。 「想夫恋」も、横浜の支店で食べて、本場の味を知ったような顔をして はいけなかった。  タクシーの運転手さんも、「想夫恋」の焼きそばを食べて、何度も 「おいしいですね」、「おいしいですね」と連発していた。  九州じゅうを回っているこの運転手さんも認める味ってことだ。  運転手さんは、B級グルメにくわしいからね。  この「想夫恋」の本店に来るのが、ひとつめの念願。  これで自信を持って、『桃太郎電鉄20周年』に日田を物件駅として 登場させることが出来る。 「想夫恋」は、福岡、久留米、熊本、大分とたくさんの支店があるから、 サクマニアの人でも、食べたことがある人は多いんじゃないだろうか?  午後0時。ふたつめの念願に向かう。  実は、この日田(ひた)には、10年ほど前にも一度来たことがある。  でも、当時はインターネットも普及しておらず、ガイドブックも小さ な町の本まで出ていなかった。  だから行ったことは、行ったけど、どうも全貌を見ずして、入り口付近 だけ見て、帰ってしまったようなのだ。  ところが、ところが、ところが!  インターネットが普及した7〜8年前に日田を検索したら、あらびっ くり。町は整備されて、実は賑わっているではないか!  このまま、豆田町の「天領の町並み」を見ずして、『桃太郎電鉄KYUS HU』を作るわけに行かない。  というわけで、ふたつめの念願叶って、豆田(まめた)町の天領の町 並みへ。

 全然違う。  私が覚えている豆田町の面影がひとかけらもない。  電線は地中に埋まっていて、江戸時代の古い家のなかには、きれいな 雑貨屋さんが入っているではないか。  10年前は、こんなにお店がなかったのかもしれない。

 天領の町並みを歩く。  日田特産、日田下駄のお店に入る。

 以前は、外から覗いただけで、お店のなかまで入らなかったとおもう。  嫁が、日田下駄の軽さに驚いている。  私も持ってみたけど、拍子抜けするほど軽い。  そろそろ私の足のリハビリも、もう少し加速させたいので、日田下駄 を買う。  靴で歩く分には、かなり不自由さがなくなってきたが、あいかわらず、 スリッパや下駄だと歩きづらい。  足の指に意識を持たせたほうがいいというので、下駄はよさそうだ。

 お店の軒先に、花のようなものがくるりと巻いて、掛けてある。  聞くと「祇園山笠の山車についていた飾りをもらって、軒先に吊るす ことで魔よけにしているんですよ」とのこと。

 祇園山笠というから、福岡のあの祭りかと想ったら、この日田市でも 祇園山笠のお祭りを7月の下旬にやるそうだ。  山車が出るから、電線を地中に埋めたんだな。  山笠の山車会館もあると、運転手さんが教えてくれたんだけど、きょ うは休館日だった。  以前行った日田資料館も休館日。

 日田に来たら、買うぞ!と決めていたカステラ屋さん、羊羹屋さんも お休み。

 そうか。きょうは水曜日だ。  最近、ハッピーマンデーのせいで、土日が祝日に重なると、月曜日も 祝日になるせいで、観光地はどこも定休日を水曜日に変更し始めている んだった。  博物館の休館日は月曜日の風習が崩れきてきた。  しかし、1軒の雑貨屋さんで「あそこの羊羹は、本当においしいのよ」 と言われて、悔しくなる。  天気を晴れにすることは出来ても、定休日まで変更させるほどのパワ ーは、私にはないよ。  ところで、言い忘れたけど、日田に入ったとたん、雨があがっちゃった んだよ。降雨率70%だったのに。  今朝まで大雨洪水注意報が出ていた地方だ。  信じられない!  天領の町並みを歩くのが、楽でよかったんだけどね。

 雑貨屋さんでもらった「歴史の町並み散策マップ」が圧巻だ。  それぞれの家の創業年が書いてあるんだけど、明治10〜20年に創業 のお店が新しく思えるほど、軒並み、江戸時代に創業。  安政3年、安永2年、万延2年、嘉永〜安政年間に建設、天保年間に建 築の長屋といった、まさに『篤姫』の時代に建った建築物だらけ。  昭和2年の創業の文字を見つけると、つい先日オープンしたばかりに思 えてしまう。  さすが、幕府直轄の天領の町だ。  古い町並みの屋根の下には、「こて絵」がほどこされている。 「こて絵」とは、火事除けの漆喰装飾だ。  昔、大いに栄えた町は「こて絵」が多いのだが、この町の「こて絵」は、 派手ではなく、実にさりげない。  うっかりすると見落としてしまいそうだ。  徳川幕府の直轄地だから、遠慮したのかな。

 江戸時代、この日田は、「掛屋(かけや)」という金貸し業が栄えたそ うだ。  九州のある藩のご家老がお金を借りに来て、借りられるまで、日田に長 逗留したなんていうエピソードはザラで、とうとうお金を借りられなくて 切腹したご家老がいたそうだ。  そのぐらい日田は、江戸時代、栄えた町だったそうだ。  花月(かげつ)川に突き当たったので、右折。

 午後1時。薫長(くんちょう)酒造資料館へ。

 2000坪の敷地に、元禄時代に建てられた蔵が5つも現存している。  元禄時代だよ、元禄。  元禄時代の覚え方は、おおよそ1700年。松尾芭蕉が『奥の細道』に 旅立ったあたりと覚えると、日本史の江戸時代のお勉強が楽になる。  1600年ぴったりは、関が原の戦い。  この酒屋さんのお酒の瓶も、実にデザインがいい。  本当に最近の日本酒の瓶の洗練させたデザインは、日本じゅうで音を 立てて、レベルアップしまくっている。

 お酒の飲めない私なんかが見ると、サイダーだと思って買ってしまい そうなものまである。  古いものというのは、下がって、下がって、下がって、さらに下がっ て、それでもダメで、下がって、足が底について「もうダメだ!」と思 った瞬間から、再び水面に向かって、浮上するものだ。  お酒の歴史は知らないけれど、日本酒は、浮上を開始しているように 私の目には映る。 「旭饅頭」で、栗そば饅頭を買う。  栗そば饅頭の貼り紙が、日田には多い。  でも栗そば饅頭の元祖は、この旭饅頭さん。  創業安永2年。

 栗そば饅頭を買って、道端で食べる。  秋ではないので、べらぼーにうまいわけではないけど、甘党の私には じゅうぶんおいしい。  午後1時15分。「日田まぶし千屋(せんや)」の前を通る。

 日田のことを調べていたときに、おいしそうな写真が載っていたお店 だ。でも日田では「想夫恋」の焼きそばを食べるのを主眼に置いていた ので、どんなに食べたくても、このお店はスルーしようと決めていたの だ。  ところが、お店の前を通ったら、うなぎ特有の匂いが、ぷう〜ん。  息を止めて、通り過ぎても、息を吐いたら、後ろのほうから、かぐわ しい匂いが、ぷう〜ん。  これは、たまらん。  気分が、『東海道中膝栗毛』の弥次さん、喜多さんだ。  でも、ふたりで一人分しか食べないのは、お店の人に申し訳ない。  申し訳ないと思いつつ、気分はすでにお店に入るほうに傾いている。  けきょく、お店の人に、食事をして来てしまたっので、一人前だけ食 べさせてもらえないだろうかと交渉して、お店のなかに。  もうしわけないので、骨せんべいとか、ウナギの肝刺しなども注文。

 ウーロン茶も注文するが、お店の人に「このお茶は、冷たいウーロン 茶ですが…」と言われてしまう。  湯飲みに入っていたお茶を飲むと、たしかにウーロン茶だった。  どおりで、メニューになかったわけだ。  オレンジジュースがメニューにあったけど、これ以上、甘いものが、 お腹に入りそうにない。  日田まぶしというのは、1杯目は、蒲焼をご飯にまぶして、そいのま ま食べ、2杯目は、ゆず胡椒とダイコンおろしで食べる。  3杯目は、だし汁をかけて食べる。  そう、名古屋の「ひつまぶし」とほとんどおなじ食べ方なのだ。  違うのは、2杯目のゆず胡椒とダイコンおろしで食べる部分。  蒲焼の濃い味が、ゆず胡椒とダイコンおろしで、さっぱりした食感で 1杯目とかなり違った印象で食べられる。

 何でも、このお店のご主人が、三河の地で「ひつまぶし」を食べて、 うまいと感嘆したけど、日田の天領水やお米、薬味などをつかえば、も っとおいしくなるのではと始めたのだそうだ。  まさに商売の基本中の基本。  おいしいものを「改善する」だ。  おいしかったよー!  たれが、抜群に甘いのだ。 「たれが足らなかったら、おつかいください」と、瓶を置いて行ってく れたんだけど、以前だったら、あまったご飯に絶対かけて食べちゃった なあ…。  何だか、3杯目をだし汁で食べるのが、もったいないくらい。  うまい。本当にうまい。  お店の建物も古いし、さぞやこのお店の創業も古いのだと思いきや、 お店のお姉さんに聞くと「お店始めて、6年ぐらいです」。 「へ? 6年? 明治6年からでなく?」 「建物自体は、相当古いみたいですけど…」  おまけに帰り際、うなぎを焼く台を見たら、ガスだった。  あのおいしさは、絶対備長炭だと思い込んでいた。  ガスと備長炭の差は、いちばん素人でもわかるはずなんだけど。  この日田まぶしの味は、私と嫁の間では、初登場で、三島「桜家」に 次ぐ、2位にチャートインだったんだけどなあ…。 (※インターネットで調べたら、炭火で焼いた…と書いている人のクチ コミをひとつだけ見つけた。炭火なのかもしれない…)  でも製法がどうあれ、自分たちが食べておいしいと感じた味が、おい しい味だ。  焼きそばを食べてなお、あれだけおいしいと思ったんだから、ここの 「日田まぶし」は抜群においしい!と、断言する。  後で気づいたんだけど、日田はうなぎ屋さんが多い。  ひょっとすると、あのおいしさはやはり、日田天領水のせいかもしれ ない。三島のうなぎがおいしいのも、富士の伏流水のせいだった。  午後2時。広瀬資料館へ。  この町出身の最大の有名人である儒学者の広瀬淡窓を始めとする広瀬 家の記念館。

 広瀬淡窓は、幕末に「咸宜園」という私塾を開き、最盛期には塾生が 4000人を越えたという。  塾生には蘭学者の高野長英や、近代軍隊の基礎を作った大村益次郎な どがいる。  大村益次郎は、司馬遼太郎さんの『花神』の主人公だ。  現在の大分県知事の広瀬勝貞さんは、この広瀬家の末裔だそうだ。  この県知事さんは、政治好きの人の間では、非常に評判がいい。  私のように政治に疎い人間でも、愛媛県と大分県の県知事さんがいい ので県が元気になって来ているという噂をよく聞く。  頭のいい家系は、頭のいいDNAが受け継がれているんだね。  ちなみに、日田のホテルに併設されたボウリング場の支配人が、あの タモリさんだったというこぼれ話も書き留めておこう。  この調子だと、5年後ぐらいにまた日田に行ったら、さらに町並みの 整備が進んでいるような気がする。  午後2時30分。日田から、国道212号線に入る。  遠くの森から水蒸気が立ち上って、東山魁夷さんの景色。  山水画、幽玄の世界。

 梅と栗が有名な大山町を抜ける。  次第に雨が激しくなってきた。  運転手さんが「日田のときだけ、晴れましたねー」という。  私と嫁は、苦笑するしかない。  どうも雨空でも、取材中だけ雨が降らないんだよ。  午後2時45分。杖立温泉郷を通る。  弘法大師さんが、地面に杖を立てたら、たちどころに温泉が湧いたと いう伝説が残っている温泉だ。  一説には、杖の助けを借りてやってきた人が、帰る時には杖なしで済 むからという説もある。  昔の人は、こういうほら話のような逸話をよく信じるね。  私もそろそろ、豪雨なのに、カバンからノートと鉛筆を取り出したら、 雨がぴたりとやんだ、みたいな嘘話を作るべきかな。  杖立温泉を抜けると、いよいよ熊本県だ。  午後3時。小国町に入る。  道の駅「小国」ゆうステーションへ。  ダイヤモンドのような形をした不思議な建物だ。  宇宙船のようでもある。

 小国特産の小国杉を使った木造トラス構造というデザインだそうだ。  外から見ると、真っ黒で、なかに入ると外が見えるマジックミラーの ような構造になっている。  東京の熊本館でたまに売っている「阿蘇小国ジャージーのむヨーグル ト」があったので買う。  雨がさらに激しくなった。  どうも雨の神様に、この後私は黒川温泉に入るだけで、取材はないと いうのが、バレているようだ。ハハハ!  黒川温泉の手前で、素晴らしい温泉を発見。  嫁に「あの文字をデジカメして!」と叫ぶ。  この画像をさっそく、岩崎誠に送る。

 どの文字が必要な文字かもうわかるよね。  岩崎誠から返信が来る。 「えっ! はげに効くんですか? 瓶詰めで送って下さい(笑)。  あ〜あ、温泉良いなぁ〜 」  はげの湯温泉は涌蓋(わいた)山の西麓に湧く高原の温泉。  その名の由来は、湧蓋山の南斜面の日当たりが良い場所を“はげ“と 呼んだことや、温泉の蒸気のために草木が育たない「はげ地」など、い くつかの由来があるらしい。  漫画家のつげ義春さんが昭和40年代に『旅のスケッチ』で描いたこと があったそうだ。  つげ義春さんの漫画は全巻読んでいて、かなり覚えていると思ったの だが、忘れてしまっている。  はげの湯温泉は、標高760mの位置にあり旅館からの眺望はすばらしく、 ダイナミックな自然が堪能できる…と書いてある。  行く予定のない場所を、こんなに解説することなかった。ハハハ!  午後3時30分。黒川温泉郷に入る。  湯布院が、観光化された印象が強くなって来たので、もっとひなびた 温泉の感じを味わいたい人たちの間で、黒川温泉の人気が急速に高まっ て来ていた。  実は、私は都会っ子の生まれなので、ランプの宿のような旅館が苦手 で、まず行かない。  でも、これだけ黒川温泉が有名になると、行かないわけにいかない。  仕事だから。  というわけで、黒川温泉に来たわけだけど、もっとひなびた温泉宿街 を想像していたけど、湯布院の小型版のような町並みだった。 「入湯手形」という手形を発行していて、この1個で、3ヶ所までの旅 館の温泉に入れるようにしたのが、黒川温泉ヒットのきっかけだ。  道が狭いせいもあって、湯めぐりで、そぞろ歩くのが適している。  運転手さんは、昔、ロケバスのような車で来て、この狭い道を通るの に、えらく苦労したそうだ。

 私たちも、1軒調べておいたお団子屋さんに寄るつもりだったけど、 雨が激しくて、とても歩けない。  一通り、町のなかを走ってもらってから、きょうの宿泊先へ。  午後3時45分。黒川温泉の目抜き通りから、離れた森の中を車は入 って行く。 「山みず木」に到着。  けっこう黒川温泉の中心地からは遠い。

 ここで、運転手さんとお別れ。  …と思ったら、明日も付き合ってくれるというではないか。 「えっ? 別府に戻って、明日の朝、わざわざここまで来てくれるんで すか? 午前9時くらいには、出発したいんですよ?」 「ええ。来ますよ」  これは助かる。  明日は、旅館でタクシーを呼んでもらうつもりだった。  ひさびさに大ヒットの運転手さんだっただけに、明日の運転手さんが 心配だった。  黒川温泉は、1964年、やまなみハイウェイが開通して、一時期か なり盛り上がりを見せたそうだ。  ところが、あっという間に閑古鳥が鳴く温泉地に逆戻りしてしまった。  1980年代に入って、「新明館」の後藤哲也さんという人が、日本 庭園ではなくて、樹木を庭に植え、露天風呂を作ったそうだ。  野の山の自然をお客さんに味わってもらい、自然との調和を図ろうと した。  この「山みず木」は、黒川温泉をひとりで復活させようとしたこの後 藤哲也さんの2軒目の旅館だった。

 古い旅館をリニューアルしたものなのか、そんなに近代的な内装では ないが風情のある建物だ。これもまた自然を味わってもらうためなのだ ろう。  まだ午後4時だ。

 何はともあれ、部屋付きのお風呂に入る。  部屋付きというと、部屋の隅っこにあるものだが、部屋から出て5m ほど石段を降りて行く。

 ちょっと仰々しいなあ…と思いながら、扉を開けると、なんと目の前 に、川と雑木林が広がった。

 これが日本庭園ではなく、樹木を植えた趣向か!  これは、いい。  新緑の洪水だ。  湯船が半分外に突き出ていて、いちばん前に行くと、雨が身体に当たる。

 硫黄の匂いがぷうんと匂って、腱鞘炎に良さそう。  熱海の泉質とは違うけど、この泉質も気持ちいいなあ…。  お湯は適度に熱く、じっとり汗が出てくる。  かといって、半身浴にすれば、いつまででも入っていられそう。  鳥が飛んで来るし、雨のしずくが葉に溜まっては、葉が耐えられなく なって葉を揺らす。  雨が肌に当たる温泉は、最高!  晴れ男の私は、日本旅館の温泉に入るときは、ちょうどうまい具合に 雨が降ってくれる。  けっきょく、夕ご飯の前に、もう一度、お風呂に入った。  午後6時。部屋で、夕食。

 鮎を木に刺したりする趣向もおもしろいが、メインの地鶏つみれのト マト鍋がおいしかった。  スープが、キムチのように辛くて、トマトによく合う。

 たぶんトマト・キムチ鍋を家庭で作ってもおいしく食べられると思った。  夕食後、湯布院で買ってきたPロールを食べる。  カットサイズなので、ちいさいと思ったら、でかいっ!  プレーンと、チョコ2種類あったので、2個ずつ買ってきたけど、ふ たりで1個食べれば、十分。

 スポンジがふわふわで、これは確かに早い時期にロールケーキのお いしいお店として話題になったわけだ。  しかし、このPロールは、ほどよくふくれたお腹を、パンクさせるく らいのボリュームだった。  しばらく苦しくて、動けなくなる。  う…、動けない。  どうせなら、温泉に入ったほうが、腹ごなしになるかも?と、よろよ ろとまた温泉に向かう。  本日、3回目の温泉だ。  だいぶ、お腹が落ち着いた。  日田でけっこう歩いたので、さっさと、就眠…。

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『ご当地グルメバトル--桃鉄の旅--』スカパー!旅チャンネルで好評放映中! NEW!

携帯着メロ、はじめました!
インデックスさんの携帯向け着信メロディ配信サイト「速報 Musicサーチ」で
さくまあきらがお勧めする「さくま式スゴログ」を配信しています。

【i-mode】i Menu→メニューリスト→着信メロディ/カラオケ→総合→速報Musicサーチ
またはURL:http://39e.jpを入力
□ 情報料:「速報Musicサーチ」 94円=90ポイント/315円=360ポイント/525円=600ポイント(月額・税込)の3コースから選択
「速報Music歌詞」 52円(月額・税別)/35,000曲を無制限で閲覧可能

【EZ】トップメニュー→音・画像をゲット→着信メロディ→総合→速報Musicサーチ
またはURL:http://39e.jpを入力
□ 情報料:「速報Musicサーチ」 94円=90ポイント/315円=360ポイント(月額・税込)の2コースから選択
◯「速報Music歌詞」 52円(月額・税別)/35,000曲を無制限で閲覧可能

えらべるJ-POP>お父さんのためのJ-POP
【Yahoo! ケータイ】メニューリスト→J-POP・洋楽→J-POP・インディーズ→速報Musicサーチ◯
またはURL:http://39e.jpを入力
□ 情報料:「速報Musicサーチ」 94円=90ポイント/315円=360ポイント/525円=600ポイント(月額・税込)の3コースから選択
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