5月23日(金)

 最近、京都は私のとって、石油補給基地のようだ。
 ガソリンを入れたら、ほかの地方へさっさと出撃してしまう。
 だから、きょうの午前中くらい、ゆっくりすごしたい。
 本当は、兵庫県のほうに遠出しようとしていた。

 午前11時30分。嫁と、錦市場散歩コース。
 麩屋町通りの革島病院の薔薇がきれいに咲いていた。
 町のなかに平然と何食わぬ顔して、こういう洋館があるのが、京都だ。

 いつも季節を知らせてくれる錦市場は、まだ竹の子がメインのようだ。  もうすぐ鮎が、並ぶはずだ。

 あれまあ。これも季節というか、旬というか、鰻の蒲焼屋さんの吊りビラには こんな文字が躍っていた。 「阪神タイガースが勝てば翌日、うなぎの蒲焼1本につき、200円引きます」 「対戦相手と得点差を言っていただければ、当店で利用できる100円のお買い 物券、進呈いたします」

 今年の阪神タイガース・ファンは「優勝」の2文字を口にしなかったり、「優 勝記念セール」とか、自粛していたようだけど、いよいよ痺れを切らしたな。  野球ファンが増えることはいいことなので、もっと、もっと、浮かれてほしい。  午前11時45分。錦市場のまんなかあたりの八百屋さん「池政(いけまさ)」 が、野菜を売っているお店の奥で、野菜料理のランチを始めた。  最近、錦市場はこういう風に食べられるお店が増えて来た。  錦市場の最大の難点は、食べるところがないことだった。  市場で買ったあんぺいや、焼き魚をホテルに持って帰って食べると、食器がな くて、わびしい思いをしたことから、私は京都にマンションを買った。  この考え方は、すぎやまこういち先生ご夫妻もいっしょ。 「錦市場で買い食いを!」が、さくま家と、すぎやまこういち先生ご夫妻のスロ ーガンだった。  むむっ。意外と量が多いではないか。  シイタケの天ぷらの大きいこと。  うんぐ、うんぐ。ん〜!  シイタケのなかには、すり身まで入っている懲り様だ。  こ、こ、これはうまい!

 カツオのたたきも、本格的な味。  たしかにカツオはすぐ近くで手に入るもんな。  何たって、錦市場は京都の料亭が買いにくる場所だから、食材はいい。  豆腐の味噌汁が、出色。  箸でつまもうとすると、すぐ崩れてしまうようなやわらかいお豆腐だ。  うちの娘が「さくちゃん、東京で、京都くらいおいしいお豆腐を売っているお 店はどこ?」「ない!」というくらい、東京と京都のお豆腐のレベルは違う。  これで1500円は、安い。  これは、ブックマークだ。  住所と電話番号を記すまでもないだろう。  錦市場のまんなかへん。  促成栽培の「池政(いけまさ)」だ。  午後12時30分。烏丸四条の銀行に寄って、あちこち覗きながら、三条堺町 の「イノダコーヒ本店」へ。  いい季節になったので、庭のオープン・スペースで、コーヒー。  昨日の大山崎山荘で、コーヒーを飲んでいるような気分だ。

 午後1時30分。帰宅。  少し、仕事。  午後4時。大阪の毎日放送へ。  毎日放送の会議室で、あれこれ打ち合わせ。

 メンバーは、毎日放送編成局の中井保さん、制作局の渥美昌泰さん。  放送作家の小林仁くん。  私、嫁、読売広告の岩崎誠、鉄板焼き大好きっ子の柴尾英令くん、ハドソン宣 伝部の梶野竜太郎くん。  この席で、突然『桃太郎電鉄12(仮)〜地方編』の正式タイトルが、小林仁く んの発言により、変更になった! 「小林くん、やったね。責任重大だよ!」 「ゲーム出たら、1万本買います!」 「小林くん、それ、すご過ぎ!」  桃太郎チームは、誰のアイデアであろうと、いいアイデアはいただく。  打ち合わせは、あっという間に終了。  あとは、雑談。 「岩崎誠〜! 阪神が昨日も劇的な逆転して、うれしかっただろう!」 「昨日、6回から見たんですよ。甲子園で…」 「ええっ!? 岩崎誠は、昨日、名古屋で仕事だったんじゃないの?」 「そうですよ。午後6時に、名古屋での打ち合わせを終えて、そのまま飲み会の 誘いを断って、新大阪まで行って、ホテルにチェックインして、阪神電車で、甲 子園まで行ったんですよ〜!」 「バカだ、岩崎誠…!」  午後7時。タクシーに分乗して、桃山台放免の焼き肉屋さん「但馬屋」へ。  前回、はりはり鍋を紹介してくれた編成局の中井保さんのお勧めのお店、第2 弾なので、きょうも楽しみ。  でも、びっくりするような門構えのお店ではなく、郊外にあるちょっと広めの チェーン店のようだ。  てっきり、純和風のお城みたいな館で、篝火(かがりび)でも焚いているよう なお店に連れて来られるのかと思った。

 結果は、おいしかった。  えっ? 反応はたったそれだけ?  いや、おいしかったんだけど、私には、どうもお店の人に催眠術をかけられた としか思えないのだ。  説明する。

 会議のメンバーから、渥美昌泰さんを除く、6人のメンバーが、このお店のお 肉を食べ始めたんだけど、とにかく反応が異常なのだ。 「な、な、何だ、このお肉は!?」 「甘いぞ! このお肉!」 「でも、このお肉の甘さは、砂糖の甘さではない!」 「うそ〜〜〜! ワサビまで、甘いよ!」 「タマネギも甘〜い!」  とにかく、何でも甘いのだ。

 売り文句は「牛一頭をまるごと仕入れ、余すところなく提供する」。  そのなかでも、とくに少ししか取れない牛の部位が、次々に出てくる。

 柴尾英令くんが、30分もしないうちに、酒酔いならぬ、肉酔いしている。  小林仁くんが、笑っている。 「わっはっはっは。中井さん、なんちゅー、パンドラの箱を開けやったんですか ー!」  ふと向こうの席を見れば、残った一切れのお肉を3等分して、岩崎誠、梶野竜 太郎くん、柴尾英令くんの3人が、本気でじゃんけんをして、奪い合っている!

 ね? 絶対、変だよ。  ここまで6人が6人、大絶賛する肉って、変だよっ! 「京都の三嶋(みしま)亭のお肉とは、違ったおいしさだ!」 「仙台の大胡椒のお肉も好きだけど、きょうはこっちのお肉のほうが、好きだな あ、オレ!」  あの三嶋(みしま)亭、大胡椒のお肉が、比較対象になってしまうなんて、そ うそうあることじゃないでしょ?  しかも門構えは、大衆風なわけだ。  これは、2階にあがるときに、スプレーのようなものをかけられて、「おいし い!」「おいしい!」と、叫ぶように催眠術をかけられたとしか思えない。  それほど、おいしかったのだ。  ビールサーバーのせいかな?  テーブルには、ビールサーバーが常備されていて、飲んだ分だけ、数字で何ミ リリットルと表示される。

 編成局の中井保さん、小林仁くん、嫁のチームは、1520ミリリットル。  岩崎誠、柴尾英令くん、梶野竜太郎くんのチームは、2770ミリリットル。  胃酸過多顔の柴尾英令くんを擁するチームの圧勝である。

 圧勝の上に、メジャー酔っ払いの柴尾英令くんは、もちろん、焼酎も飲んでい る。このビール・サーバーに催眠薬が入っているのかとも思ったけど、私はまっ たくお酒が飲めない。  終いには、なかなか到着しない渥美昌泰さんのために残しておいたお肉を、柴 尾英令くん、岩崎誠、梶野竜太郎くんの3人は、「来ないなら、お肉のためにも ボクたちが食べてあげたほうがいいよ!」と言い出す。  言っておくが、渥美昌泰さんは、きょうが初対面である。

 料理も終盤になって。ようやく渥美昌泰さんが到着。 「渥美昌泰さん! お肉、もう冷えちゃってますよ〜!」 「お肉がかわいそうですよ〜!」 「肉に失礼だ!」 「お肉に、あやまれ!」  この会話、絶対変でしょ?

「岩崎誠〜! 明日、またこのお店来るって言ったら、また来ちゃう?」 「ええ〜〜〜! それいいですねえ!」  この会話、絶対変でしょ?

 でもねえ。本当にどの肉も甘くて、舌の上でとろけるようなのだ。 「岩崎誠〜! このお店のお肉は、阪神のムーアだねえ。焼き肉屋といいなが ら、ステーキのようだ。投手なのに、打率4割を越えるムーアだ!」 「えへへへ〜! ムーアですよ、ムーア!」  まあ、岩崎誠は、いまは阪神が話題なら、何でも肯定してしまう。

 ちょっとこのお店は、後日、もう一度チャレンジする。  毎日放送編成局の中井保さんが行きつけのお店だったから、こんなにいい部位 ばかり出たかもしれない。 <私がもう一度来るためのメモ> 炭火焼き肉「但馬屋」 住所:豊中市上新田(かみしんでん)3の10の17号 電話:06(6833)1129 営業時間:年中無休、17:00〜22:30 備考:上新田の不二家レストランの交差点を右。   午後10時。私と嫁は、京都の家へ。  ほかのみなさんは、夜の大阪へ。  横浜ベイスターズが、巨人相手に、14―10の壮絶なる勝利。  中村武捕手が、1試合3本のホームラン!  まるで、今夜の「但馬屋」のお肉のような試合だ。  もちろん、おいしかった。いや、うれしかった。

 

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