4月23日(水)

 東京はぽつぽつ雨。
 天気予報は、雨80%だ。
 こんな日に旅立つのは、初めて。
「史上空前の食べっぱなし旅行」と銘打って、食べまくってやろうと意気込んで
いただけに、出鼻をくじかれた感じだ。

 午前9時30分。嫁と東京駅へ。

 午前9時53分。のぞみ9号博多行きに乗車。
 地下の「資生堂パーラー」で、朝食用に買ったカップめん・サイズの「かわい
い銀座のアランチーニ」を食べる。

 まんなかにチーズが入った、チキンライスの揚げボールだ。  かなりおいしい。  例によって、VAIOを広げて、新幹線車内仕事。 『桃鉄研究所』の原稿を執筆しながら、新しいカードのアイデアなどを考える。  仕事をしているのに、ちっとも雨が降り止まない。  私が仕事をすると晴れる法則が効かない。  まあ、これだけ1年じゅう旅行しているのに、雨が降らないほうが変だ。  今回は雨の旅を楽しもう。  午前11時33分。名古屋駅に着く。  高山本線に乗り換える。  乗り換え時間は、10分しかない。  午前11時43分。高山行きワイドビューひだ7号に乗車。  ガタッ! ブルブルブルッ!  いきなり列車は、座席の方向とは逆に走り出す。  たぶん岐阜で、方向を変えるためだろう。  しかし、岐阜に寄るのは明らかに遠回りだ。  名古屋から直接、美濃加茂をめざしたほうが、時間が短縮できていいような気 がする。地図を見てみる。  そうか。美濃加茂まで一直線のラインは、名鉄に奪われてしまって、多治見 (たじみ)、可児(かに)回りでも、岐阜経由とあまり変わりそうもない。  名古屋は、けっこう名鉄、近鉄と、私鉄ががんばっているので、JRの思うよ うにはならないんだろうなあ。  岐阜駅で、列車は「ぶずずずずっ!」と、ディーゼルカー特有の苦しそうな音 を立てて、逆走して、高山本線を北上して行く。  高山本線では、仕事はしない。  この路線は、車窓からの景色がいいので、もったいない。  美濃太田(みのおおた)駅だ。  美濃太田は、『桃太郎電鉄』の『地方編』において、駅名を美濃太田(みのお おた)にしていいか、美濃加茂(みのかも)にしていいか悩む。  市名は、美濃加茂市で、駅名は、美濃太田だ。  地元の人はどちらがいいのだろう。  美濃太田(みのおおた)を過ぎると、飛騨川沿いに尖った林が増えて、日本画 の景色になってくる。雨にけぶる林は、まさに東山魁夷の世界だ。  少し靄(もや)が、かかりすぎていて、毛生え薬の「不老林」のCMのようで もある。

 高山本線の飛騨川沿いの渓谷の景色はいつ見ても美しい。  晴れた日には、岩肌がくっきりと、ダイナミックに。  雨の日は、きょうのように幻想的に、神秘的に。  このあたりの風景には、「飛水峡(ひすいきょう)」という名称がついている ようだ。  いま見える景色は、「翡翠峡(ひすいきょう)」と名づけてもいいような気が する。  飛騨金山の手前で、上下線行き違いのために、7分停車。  7分停車は、長く感じる。  単線はこれがあるから、利用度が落ちるんだと思うなあ。

 午後1時23分。下呂(げろ)駅で、下車。  下呂温泉で、有名な下呂だ。

 子どもが大好きな、うんち、オナラ、ゲロの「お笑い三原則」のひとつを連想 してしまう、下呂(げろ)だ。  お土産屋さんには、この名前を逆手に取って、「下呂(げろ)の香り」という お菓子を売っているが、味はいまいち。クイズ問題につかわれるぐらいのものだ。 まだ売っていることのほうが驚いた。

 下呂のホームには、温泉が沸いているのだが、いまや温泉を隣接させている駅 が増えてきているので、珍しいものではなくなってしまった。  むしろ、駅の待合室で、列車を待つお客さんたちの間を、鳩が平然と闊歩して いる姿のほうが奇異だ。お客さんたちもなぜか年寄りばかりだ。

 バシャバシャと、雨はますます強くなって来た。  午後1時45分。下呂温泉合掌村へ。  合掌造りの家が並んでいる合掌村には、用がなく、その隣りの「菅田(すがた) 庵」のほうに用がある。

 このお店には、下呂温泉の名産であるトマトをつかった「トマト丼」なる、町 おこしの食べ物が最近話題になっているというので来た。  この「トマト丼」の存在は、ライターの友清哲くんに教えてもらった。  きょうはこの後も、友清哲くん伝授のものを飛騨高山まで食べに行くことにな っている。  なにしろ、今回の旅のテーマは、「史上空前の食べっぱなし旅行」だ!  食べまっせー! 食べまっせー!  この日のために、1ヶ月前から減量体勢に入っていたのだ.  別名「「史上空前のリバウンド旅行」だ! 「トマト丼」。いかにも『桃太郎電鉄』の物件名に登場しそうなネーミングでは ないか。  ちゃんと「トマト丼」ののぼりが立っている。  町おこしは、こうでなきゃ!  お店のなかにも、トマト丼のポスター。

 「菅田(すがた)庵」は300年以上の古民家のようだ。  もちろん、トマト丼を注文する。  来た! 来た!  丼のデザインがいいね。  ちゃんとトマトの絵の入った丼だ。  こういうところに気を配っているのはいいね。  トマト丼を簡単に説明すると、「牛丼+トマト」。  牛は、もちろん飛騨牛。  お店の人に「かき混ぜて、お食べください!」といわれる。

 温かい牛丼と、冷たいトマトが合うのか?と思うでしょ、みなさん。  疑問は正しい。  合わないわけではないけど、相性ばっちりとは断言できない。  何となく牛丼を味わい、トマトの酸味を味わうといった感じだ。  飛騨牛もそこそこのお肉をつかっているせいか、肉汁に乏しい。  しかし、嫁が同時に注文していた、朴葉(ほおば)味噌焼きをこのトマト丼に 入れてみたら、これが、びっくりするような絶品に早代わり!  朴葉(ほおば)味噌の濃くて甘い味が、見事に牛丼とトマトに合う。  トマトがどうも牛の味を薄めていたような気がするのだ。  朴葉(ほおば)味噌は、ご飯に合うしねえ。  なぜこれを「トマト丼」として出さない!と声を荒げたくなるくらいおいしい。  ところで、朴葉(ほおば)味噌の「朴葉(ほおば)」は、「ほうば」では漢字 が出ない。「ほおば」だと「朴歯」という文字が出てくる。下駄の歯だよね。  どうも正しい発音は「ほおば味噌」らしいのだが、どのお店でも「ほうば味噌」 と書いてある。  どうでもいいことだろうけど、『桃太郎電鉄』では、物件の名前として、大い に問題ありなのだ。  でも「ほうば味噌」という表記がいちばんよさそうだなあ。 「菅田庵」に来たら、ぜひトマト丼に、ほうば味噌を加えた食べ方をしてほしい。 何度でも食べに来たくなる味になるはず。  もう少しお店の人と会話が弾んだら、この食べ方を教えてあげようとおもった のだが、お店の隅で黙々と、ほうば味噌を製作中なので、話しづらかった。あま り商売気がない。  雨がさらに激しくなって来た。  歩きたいのに、歩けない。  タクシーを呼んで、下呂温泉の中心街をゆっくり走ってもらって、下呂温泉の ことをあれこれ聞く。

 下呂温泉は、日本史の教科書にも登場する儒学者の林羅山(はやしらざん)が、 草津温泉と、有馬温泉と、この下呂温泉を、「日本三名湯」と褒め称えた。  下呂温泉は、そんなにいいの?と思う前に、林羅山はそんなに温泉好きのおっ さんだったのかということのほうが、気になった。  下呂温泉の人たちは、この林羅山の選択を後生大事にしていて、下呂温泉の真 ん中にかかる橋のところに、大きな林羅山のブロンズ像を建てている。  ブロンズ像なので、数千万円もしたそうだ。

 その林羅山の像の反対側には、チャールズ・チャップリンのブロンズ像が建っ ている。チャップリンが座って、あごに手をやって、上目遣いに微笑んでいるあ の独特のポーズだ。よく出来ている。  チャップリンって、下呂温泉に来たのかな?と思うと、来たことがないという。  何でも映画評論家の人が、下呂温泉を映画の町にしようとして努力しているそ うだ。  温泉神社のある建物の壁には、たしかに古い映画の看板がかかっている。 『ローマの休日』だ!  東京の青梅を映画の看板絵の町にしたようにしたいのかな。

 ちなみに、このチャップリンのブロンズ像は、1200万円もしたそうだ! 「町の人、怒っていないんですか、こんな値段の高いもの作って!」 「怒っとるよ〜! 高いもん作りよったって!」 「映画評論家の人に対しても怒っているでしょうねえ!」 「そいつ、わしの同級生なんや! ははは!」  困るギャグ・パターンだなあ、この運転手さん。  その映画評論家さんの味方なのか、敵なのかよくわからない。  しかし、「温泉街」という大きなアーチがかかっている町は、総じてさびれて いるねえ!  あちこちに足湯を作って、お客さんを呼ぼうとしているんだけど、閉鎖したり、 潰れてしまった足湯が数軒あるだけで、ひどく物悲しい。  下呂大橋が架かる飛騨川の河川敷のところに、露天風呂があって、テレビの取 材が来ると、必ずここを撮影するそうだが、河川敷のため、国土交通省の規定に より、脱衣場をつけることができないので、この露天風呂に入るには、ここで勝 手に脱いで入るしかないそうだ。  運転手さんいわく「見ているこっちが恥ずかしくなる温泉」だそうだ。

 あっという間に、下呂温泉を見終わってしまった。  雨がやむ気配もないので、歩き回ることもできない。  次の高山本線の特急は、ちょうど出てしまったばかりだ。  あと1時間どこかで時間を潰さないといけない。  下呂駅前まで戻ってもらって、駅前の喫茶店で時間を潰す。  お土産屋を物色すると、栃の実せんべい、さるぼぼ、笹まきすしが多いことが わかる。

 飛騨高山名物のさるぼぼも多い。  お土産物屋さんにさるぼぼが出てくる、ああ、ここは高山に近いんだなあ!と いうことがわかるようになる。

 午後3時26分。下呂駅より、高山行きワイドビューひだ11号に乗車。  列車が北に向かうに従って、沿線に桜が増えてくる。  飛騨高山に近づくにつれ、満開になって来た。  先週の上田、長野に続いて、またしても桜の満開時期に来てしまったようだ。  うれしい誤算だ。  川沿いの無造作に大きい桜の木が、じつに美しい。  たった1本だけで、絵画の題材になりそうな桜ばかりだ。  桜があるというだけでも、今度また生まれときには、もう一度日本に生まれた くなるほどだなあ。若い頃は、花を美しいなんてちっとも思わなかったけどね。

 午後4時10分。高山駅に到着。

 ああ、ひさしぶりだあ…。  高山には、30年前から何度も訪れている。  その上で、あせっている。  この町が真っ暗闇になるのが、異様に早い町であることを知っているからだ。  学生時代、友だちとドライブで来て、夕方に着き、ホテルでちょっと休んで町 に出たら、まさに目の前で、ばたん! ばたん!と音を立てて、お店が閉まって 行ったことがある。まるでアクション映画のピンチの場面のようだった。  栄華の主人公なら助かるんだけど、現実は助からないものだ。  晩ご飯にありつけなくて、友だちと、ホテルでひもじい思いをしたことがある。  すでに午後4時を回っている。  あせる。  午後4時で、あせるのかって?  当時、午後5時で、ほとんどのお店が閉まったのだよ!  取材したい場所が、たくさんある。  歩いていては間に合わないので、タクシーに乗り、まず駅に近い「こびしや」 へ。ここは飛騨牛の天むすを売っているお店だ。

「飛騨牛の天むす」。  飛騨牛が唐揚げになっているなんて、想像しただけで、おいしそうでしょ?  おいしかったよ〜!  もうちょっとおにぎりの部分が、天むすのように小さかったら、間違いなく大 ヒット商品だ。  続いて、友清哲くんに教えてもらった「牛玉(ぎゅうたま)焼き」のお店へ。  あれ? 教えてもらったお店の名前は「牛玉屋」だった気がするけど。  このお店の名前は「米丸家(こめまるや)」だ。  でも友清哲くんが言っていた「牛玉焼き」を売っていたので、買う。

「牛玉(ぎゅうたま)焼き」は、基本的には、たこ焼き。  たこの代わりに、飛騨牛のバラ肉が入っている。  ネギと、天かすも入っている。  たこ焼き機のようなもので、ぶるぶると振動させて、牛玉焼きが出来上がって いく。  6個入りで、500円だ。

 出来上がってみると、牛玉焼きはやたらと大きい。ピンポン玉より大きく、ゴ ルフボールよりも大きいくらいだ。  どうも最後に出汁をかけているようで、それが肉汁のようにおいしい。  これは、うまいや〜!  旅行で来たら、絶対食べてほしい味だ。

 ついでに、飛騨牛串焼きも食べる。  串焼きの鶏の部分が、飛騨牛になったわかりやすい食べ物だ。  1本300円。  これは予想通りの味。  飛騨牛のおいしさがよく出た食べものだ。  高山を散歩しうながら食べるのにはいい。  高山市というのは、昔から町のあちこちに、1坪くらいの屋台風のみたらし団 子屋さんがやたらと多い。  ところが、きょう歩いてみたら、「飛騨牛串焼き」ののれんが、みたらし団子 ののれんとおなじくらいの多さになっていた。  これは大きな変化だ。  みたらし団子は両手をつかわないといけないけど、飛騨牛串焼きは片手ですむ からだろう。  飛騨高山くらい、歩きながら食べることが似合う町はない。

 午後5時。ホテルアソシア高山リゾートにチェックイン!  運転手さんに待っていてもらって、再び市内へ。  本町の「やよいそば」へ。 「やよいそば」といっても、お蕎麦ではない。  高山で「そば」といえば、中華そばのことをいう。

 ご当地ラーメンは、全国いたるところで名乗りを上げてきているけど、高山ラ ーメンは、戦前から続いているので、年季が違う。  というより、高山では、おやつ代わりに、ラーメンを食べることが多いらし く、この「やよいそば」でも大盛り、並み盛りに、小盛りというのがあって、私 と嫁は助かる。  いくら牛玉焼きや、串焼きの類とはいえ、下呂温泉からこっち、食べっぱなし だ。さすがにお腹が膨れて来ている。  おかげで、小盛り450円を注文することができた。  実は、高山ラーメンを食べるのは、初めてだ。  何度も高山に来ているのに、高山ラーメンを食べていなかったのは、毎回つい 飛騨牛ステーキ屋に行ってしまうからだ。  高山に何泊もすれば、たまにはラーメンでもとなるのだが、1泊だけなら、飛 騨牛のとろ〜り!と甘いお肉を食べたくなるのが、人情ってもんだ。ほんとに人 情か?  高山ラーメンに話は戻る。

 特徴は、細い縮れ麺。  ここまで細い麺というのは見たことがない。  細く縮れた麺が、口のなかでくすぐったくて、不思議な味わいだ。  スープは、東京のどす黒い醤油の色をしているけど、思ったほどは、しょっぱ くない。  うまい。たしかに高山に住んでいたら、おやつ代わりに食べたくなる味だ。  食後、雨の中、古い町並みを少し歩く。

「なんか、どのお店も潰れちゃってるみたいねえ」と嫁。 「違うんだよ。ここは閉店時間が早い町なんだ」 「でもまだ午後5時30分よ!」 「だってほら、このお店なんか、営業時間が午後4時って書いてある!」 「ほんとだ。じゃあ、このお店はいま残業してるってわけね」  飛騨高山は、本当に午後5時に閉まってしまうお店がやたらと多いのだ。  私にとっては、きょうのこの景色は、ずいぶん夜遅くまで営業するようになっ たなあ!というのが感想だ。

 タクシーが見つからず、雨の中、高山じゅうを練り歩いてしまった。  馬頭組という石像がやたらと目抜き通りに建っていた。  馬頭は、高山の山桜神社の守り神らしく、火消し組が、江戸の大火のときに活 躍したことから、鎮火の守護神を崇められてきたそうだ。  いまや商店街のシンボルになっている。

 とにかく高山という町は、ちょっと来ない間に、つねに新しいことを何かやっ ている。だから5〜6年に一度は訪れないと、ガラッと町が変わっている。  今回、牛玉焼きは、非常においしかったんだけど、見たかぎり「米丸家」でし か、牛玉焼きは売っていなかったように思う。  明日もう一度確かめてみるけど。  たぶん3年後また高山に来ると、牛玉焼き屋だらけになっているはず。  そんな町だ。

 日本じゅう観光客の減少に苦しんでいるそうだけど、高山だけは増加している そうだ。ディズニーランドの鉄則である、つねにもう一度訪れたときに、何かが ちょっとでも変わっていることを、実践している町ということができる。 『桃太郎電鉄12(仮)〜地方編』、『桃太郎電鉄U(仮)』の次の『桃太郎電鉄 14(仮)』では、高山を目的地にしよっと。  午後7時。ホテルアソシア高山リゾートに戻る。

 このホテルは以前にも泊まっているので、気が楽。  歩き疲れたのか、テレビを見ながら、うたた寝してしまう。  午後9時。『桃鉄研究所』の執筆をもう少し。  ええっ! 明日は、もっと激しい雨が降るの?  まいったなあ。 「史上空前の食べっぱなし旅行」はまだ始まったばかり。  すでに1日目にして、2キロ増は記録しているだろうなあ。

 

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