12月8日(土)

 風邪引いた。
 前日の日記の最後に「風邪を引かないように注意しないと」と書いてお
いて、風邪を引くのだから情けない。
 明け方から、下痢がひどくて、ひさびさに正露丸のお世話になる。
 午前中から、出かける予定だったけど、動けない。

 お昼に、宇都宮で餃子を食べる計画を断念。
 宇都宮は近年、猛烈な勢いで、餃子による町おこしを展開しているので、
ぜひ取材しておきたかったのだ。

 午後12時30分。家族3人、東京駅の「資生堂パーラー」で、サンド
イッチにコーヒー。

 午後1時08分。やまびこ129号で、宇都宮に向う。
 体力の無いときに、窓から見える景色がいい天気だと、何だか悔しい。
悔しいけれど、お腹がゆるくて、力も入らない。

 午後1時53分。宇都宮駅着。
 バスで益子町まで行く予定が、大幅に予定変更しているので、タクシー
で行くことに。

 午後3時。益子町に詳しくない運転手だったようで、さんざん道に迷う。
とうとう益子町の町民会館の前で、陶芸家の高内秀剛(たかうちしゅうごう)
さんが迎えに来てくださった。申し訳ない。
 高内秀剛さんの車で自宅へ。

 実はきょう、この益子町で和太鼓の林英哲さんのコンサートがある。
 以前、高内秀剛さんが、NHKの番組で、和太鼓の林英哲さんと対談し
ているビデオを見たことがあると言ったら、ちょうどきょう、益子町でラ
イブがあると教えていただいたあげく、チケットまで都合していただいて
しまったのだ。何たる幸せ。行きます。行きます。
 高内秀剛さんと林英哲さんの縁から、日本全国縦断コンサートの皮切り
を、ここ益子町から始めるそうだ。
 コンサートというのは、東京で見るのもいいけど、地方で見ると風情が
あって、よりいいものだ。

 というような話は、コンサートが始まってからのことで、開演時間まで、
すっかり高内秀剛さんのお宅で、くつろいでしまった。丹波の栗よりも大
きい茨城産の栗を茹でていただいて、栗大好き娘のうちの娘がばくばく食
べまくる芸を見せる。芸か?

 午後6時。益子町民会館。
 林英哲コンサート2001―2002『澪の蓮(みおのはす)』。
 前から、一度和太鼓を生で見たいと思っていた。  どんなにTVで見ても、和太鼓は生で見ないと、その迫力の10分の1 も味わえないと思っていた。クラシック・コンサートもすぎやまこういち 先生ご夫妻にお誘いいただいてから好きになった。和太鼓もきっとそうだ ろうと思った。  その予想は、間違いなかった。  林英哲さんの和太鼓は、まるで地響きのようだ。コンサートが始まると、 大きな町民会館の会場がびりびり震え始める。私のゆるいお腹にずしん、 ずしんと、ちょっと危険なぐらい響く。ちょっとおもらしが恐いぞ。  演奏は、私の好きな津軽三味線も加わって、想像していたよりも、ずっ とメロディアス。津軽三味線の方も、その道では有名な方だそうで、木下 伸市(きのしたしんいち)さんというそうだ。  まだこういう音楽の世界にはとんと知識が無い。   林英哲さんは、鳥山明くんが描くところの若武者のような風貌と出で立 ちで、格好いい! その透き通るように白い筋肉が、しなり、和太鼓を叩 き続ける。あとで、高内秀剛さんからお聞きしたところによると、あの隆 々とした筋肉はやわらかいのだそうだ。ふ〜ん。一流の人は、やることが 違うなあ。  林英哲さんはトークも上手だ。  今回のコンサート・テーマ『澪の蓮(みおのはす)』は、日本の植民地 時代だった頃の朝鮮半島で、現地の人たちに大変尊敬された、浅川巧 (あさかわたくみ)さんという哲学者で、民芸運動をされた方のことが元 になっているそうだ。そういう難しいテーマを、わかりやすく、やさしい 声で話してくださる。  和太鼓の雄大さとは、まったく逆だ。  私の好きな人というのは、どうやら「大胆にして繊細な人」というのが、 最近わかって来た。  2曲目か3曲目の曲で、林英哲さんは、大きな大きな壺をかかえて、そ れを楽器として、平手で叩くおもしろい演奏を見せてくれた。  あとのトークで、案の定その豪華な壺が、高内秀剛さんのものだという ことを語っていた。  とにかく、感動したっ! いいものはいい!  思わず途中の休憩時間に、林英哲さんのビデオを2本買いに走った。  午後8時30分。コンサート終了。  場内が明るくなっても、アンコールの拍手が鳴り止まない。思わずもう 一度林英哲さんが挨拶に舞台に出てこないと終れないぐらいの大盛況だっ た。  高内秀剛さんに言わせると、年々さらに演奏がよくなっているそうだ。  午後9時。高内秀剛さんの車で、宇都宮近くの料亭「やすの」まで、送 っていただいたあげくに、このお店で、ごちそうにまでなってしまった。  一流の人の話なんていうのは、いくらでもお金を出しても惜しくないも のなのに、本当に申し訳ないったら、ありゃしない。
 でも。あれ? 高内秀剛さん、現在禁酒中だったのでは? おや?  「このお酒は味が上品すぎていかんよ」はいいんですが、はあ。節酒中。 言葉が変わりましたね。  そういえば高内秀剛さんの、もうひとつの名前は高内酒豪さんでしたっ けね。  料亭「やすの」は、白身のお刺身が美味しい、立派なお店でした。  一度ゆっくり来てみたいお店だ。  午後10時18分。宇都宮駅から、やまびこ212号に乗る。  終電1本前だけに、1車輌に10人も乗っていない。最終電車だとまた 多いんだろうなあ。  高内秀剛さんにさんざん泊まっていけばいいのにと、ありがたく言葉を おっしゃっていただいたんだけど、私は旅好きのくせして、枕が変わると 眠れないという矛盾した男なので、しかも新幹線があると、つい乗ってし まう。  午後11時34分。東京駅着。  午前0時。帰宅。  いやあ。まだ頭のなかを、林英哲さんの演奏が渦巻いている。  探せばまだまだ素晴らしいものはたくさんある。  でも動かなければ、そういう素晴らしいものに出会うこともなく、一生 を終えてしまう。  ちょっとしたことで、人生はいくらでも変えられる。そういうことだろな。
 

-(c)2001/SAKUMA-