10月25日(木)

 午前11時30分。嫁と、銀座の「渡辺内科クリニック」へ。
血圧154―108!

 つい先日、日記には書けなかったけど、仕事上で、米国多発テロの世界貿易
センター並みの衝撃を喰らったばかりだから、血圧状態がいいとは思っていな
かったが、ここまで悪いとは!
 夏に続いて、降圧剤をもう1錠増やすように先生から言われる。
 やばい。本当にやばい。 

 そのまま「煙事(えんじ)」へ。いつもの燻製ベーコンと目玉焼きのトース
ト・セットを食べる。このお店は「渡辺内科クリニック」に寄って、血圧の数
値がよかったときにご褒美で行くお店だったんだけど、もうヤケ!
 血圧って、体重を減らすより、何より、ストレスを減らす以外、方法無いん
じゃん! 必死にダイエットしていたのが、アホらしくなって来た。
 まあ、この重度のストレスについては、何年後かに回顧録、または小説で
きっちり書くつもり。人間、やっていいことと、悪いことの区別ぐらいついて
ほしいものだ。ビンラディンは日本にもいる。

 食後、嫁と別行動で、私は東京駅へ。
 きょうから京都に行く。

 午後12時46分。乗車券は京都までだけど、特急券は、静岡までだ。
 好例の寄り道旅行。ひかり155号。
 大丈夫、大丈夫。血圧が高いから無理はしないって。
 どうも私がひとりで旅行すると、松本城とか、伊賀上野とか、遭難すること
が多いので、心配する人が多い。
 きょうは勝手知ったる、東海道五十三次の旅。
 東海道五十三次は、さった峠(変換不可能!)とか箱根とか、難所は調べて
いるから、大丈夫。
 静岡から先は、松並木の平地ばかりだ。

 午後1時45分。静岡駅着。
 おっと、豊橋駅行きの東海道本線の出発まで、4分しかない。
 VAIOを入れた旅行用カートをガラガラ引きずりながら、歩くのはつらい
ぞ。
 いまだにまだ左腕が満足につかえないので、右腕にカート、右手にキップを
持って、自動改札機を通過するのが、けっこうしんどい。

 午後1時49分。東海道本線。
 3輌編成の各駅停車だ。昔なつかしい、4人掛け対面式の座席だ。
 この座席、意外と狭くて、向かいの人の膝とは、数ミリ単位の隙間しかでき
ない。隣りの人の膝とは、膝に力を入れないと、ぶつかってしまう距離だ。

 外の景色がくもっている。変だな。さっき静岡駅に降りたときは、憎たらし
いくらいの快晴だったのに。
 くもっているのではなかった。窓ガラスが埃(ほこり)で、煙っているのだ
った。ローカル列車にはありがちな景色だ。
 3輌しかないんだから、窓ぐらい拭けよなあ。

 午後2時15分。7つめの駅、島田駅で降りる。
 意外といっては失礼だが、けっこう大きな町だ。
 駅前からタクシーに乗る。  目的地である島田市博物館は、歩いても私の足でも20分以内で行けると思 うのだが、なにしろ血圧が高かったので、大事を取る。  タクシーの運転手さんと話す。 「この町で大きな会社というと、東海パルプですか?」 「はい。それと矢崎計器ですね!」 「だから島田は大きな町なんですねえ」 「でも駅前の商店街もどんどん閉まって、景気悪いですよ」 「ほんとだ。シャッター商店街ですねえ!」  午後2時30分。島田市博物館。  妙に豪華な博物館だ。
 木の門をくぐると、地面に「順路」の板が。なんだい、玄関までわざわざ遠 回りさせるんかい。館内でもないのに「順路」というのは、けっこう押し付け がましいなあ。  でもいいや。大好きな松尾芭蕉の句碑があった。  ちさはまだ 青ばながらに なすび汁 <現代訳>  横山智佐は、青っぱなを垂らしながら、味噌汁を食べましたとさ。  おっと、「ちさ」なんて言葉が入っているから、『ジャンプ放送局』のとき の条件反射で、すぐギャグを考えてしまうではないか! 「ちさ」というのは、チシャ菜という野菜のことなのか。  松尾芭蕉が大井川で、川止めにあったとき、家に泊めてくれて、なすび汁な どで歓待してくれた人への感謝の気持ちを表した句なのか。ふ〜ん。
 おお。そうであった。ここ島田の宿は、大井川で有名なところだ。あの「箱 根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」の大井川だ。  この島田市博物館も大井川を前にした場所に立っている。  当然、なかの展示物も「大井川の川越え」に関するものばかり。  旅人がどんな持ち物で旅をしていたかの展示物がおもしろかったな。  旅は軽装に限るわけだから、江戸時代の旅人の最小限度の持ち物には非常に 興味がある。  まず小田原提灯。そりゃそうだ。夜道も現代のように、どこかに明かりが見 えた上での夜じゃないからね、闇だからね。  籐弁当。弁当箱のことね。せいぜい一食分しか入らない大きさだ。  印籠。印籠は薬を入れたりしたというから、重要だな。  財布。懐紙入れ。手鏡。耳掻き。耳掻きって、やっぱり必需品だったのかな あ。  なんかいくらでも代用品があったと思うけどな。  折りたたみ式枕。へ〜〜〜。昔の人も、枕が変わると眠れなかったのかなあ?  というより、宿屋では、枕を用意してくれなかったのかな? 耳掻きと、この 枕はちょっと意外だった。  お金は、だいたい道中手形ですませたようだ。  楽しかったのは、大井川の川越えの料金。  川越え人足が、川に浸かって、どの位置まで水が来るかで決めていた。  参考例としていうと…。 ・股通(またどうし)……48文。水深が股の下以下ってこと。 ・帯下通……………………52文。水深が、帯の下。 ・帯上通……………………68文。 ・乳通(ちちどうし)……78文。 ・脇水通……………………94文。脇の下まで、水が来ること。  なるほどね。こういう仕掛けだったのか。『さくま式東海道五十三次』の大 井川のイベントは、これを確率で出るようにすればよかったなあ。  現代のお金に換算すると、股通(またどうし)で、約1440円。脇水通で、 約2820円。そんなに差がなかったんだな。
 午後3時。島田市博物館から、ちょっと戻ったところの「島田宿 川越遺跡 町並み」という一区画へ。  昔の宿場町を町ごと再現したもの。けっこう風情もあっていいのだが、とこ ろどころにふつうの人家が混じってしまっているのが、惜しい!  一番宿、商人宿、五番宿、札場(ふだば)、立合宿跡、仲間の宿、荷縄屋、 三番宿、六番宿、そば屋、口取宿、九番宿、酒屋、十番宿、二番宿、川会所、 七番宿。  これだけ復元されているのだから、けっこう壮観。  札場(ふだば)というのは、人足の人たちが旅人からもらった川越えの料金 を両替する所。  立合宿は、人足の頭が集まって相談した所。  仲間の宿は、年老いた人足たちの溜まり場だったらしい。  荷縄屋(になわや)は、縄を売ってくれる所。荷ずれした荷物なんかを直し てくれる。  口取宿(くちとりやど)は、いわば総合案内所。  川会所(かわかいしょ)は、この島田宿でもいちばん大きい。大井川の川越 えの順番を決めたり、料金を統一させて、混乱が起きないようにする所。  ちなみに、川を越えるときのあの神輿(みこし)のようなものは、「連台 (れんだい)」と呼んでいたそうだ。豆知識!  島田市博物館分館にも行ったけど、ここはたいした展示物はなかった。  さて、これで島田宿は終了である。  あとは大井川である。  もちろん現在、大井川に川越え人足がいるわけでなし、ちゃんとしっかりし た大井川橋がかかっている。  どうせなら、歩いて大井川橋を渡って行きたいものだ。  大井川を渡れば、金谷(かなや)の宿場だ。  さ〜て、どこから渡ればいいんだ?  再び、島田市博物館まで戻って、大井川を眺める。
 広い! 桁外れに広い!  はっはっは。ちょっと笑ってみるかな。  だいたい島田市博物館の前から、大井川橋までの距離がまた遠い。  ただでさえ遠いのに、河原には、東海道五十三次のミニチュア・モニュメン トが広大に広がっている。やっぱり取材しておかないといけないよなあ。  iモード・ゲームで『さくま式東海道五十三次』を配信している人間として は、このモニュメントについて知らない、見なかったとは言いづらい。  行くしかない。河原に降りる。
 ぎょえ〜〜〜。いちばん苦手な砂利道だあっ。  歩くだけでもつらいのに、旅行用カートを手に持たないといけない。きょう はとくに荷物が多いんだよ〜。  河原には、東海道五十三次のそれぞれの宿の小さな壁画と、その宿場を歌っ た句などが碑となって、刻まれていた。  これに似ているのは、舞阪(まいさか)の松並木でも見たことがあるな。  大井川に沿って、宿場と宿場の間が、10メートル間隔ぐらいで石碑を置い ている。とても全部を見る気にならない。地元の人には憩いの場所だが、旅人 には、よけいな公園だ。  川沿いの道路を、車の往来に気をつけながら、大井川橋へ。  よかったあ。ちゃんと車道と、歩道が分かれていた。  東海道はけっこう、歩道がなくて、車に気をつけないといけない道が多いの だ。  さ〜て、気合い入れて歩くか!  イチ、ニッ、イチ、ニッ、イチ、ニッ。  大井川橋の車道のほうも、鉄橋。歩道も鉄橋。クリーム色に塗られた欄干と いうより、手すりのようなものがあって、手すりの向こうは、大井川。  車道と歩道の間は…、げっ。河原が見えるじゃないの!  いかんよ。高所恐怖症に、こういう景色は…。  なんていいうか、その…、恐いじゃないか。ほかに言い方ないんかい!
 最初のうちは、よかった。  鉄橋の下は河原だし、そんなに高さがない。  そのうち、少しずつ高くなってきて、下は川。水が流れている。  しかも、この鉄橋の地面、どんな材質をつかっているのか知らないけれど、 なんかぶよぶよしている。やわらかい場所というのはまた、高所恐怖症にとっ て、苦手な場所だ。  でももはや、4分の1ぐらいまで歩いてしまった。  ちょっと立ち止まる。おおおっ。隣りの鉄橋の車の振動が伝わってくる。こ ういう揺れがイヤなんだよ〜!  ああ! 旅行用カートが、亀がひっくり返るように、倒れた!  うわわわわわっ。カートの取っ手をつかむ拍子に、足元の川面を見ちゃった よ〜! ひ〜〜〜! じゅうぶんな高さになってるよ〜!  やっぱり、歩いて渡るのは、やめればよかった。  思わず、西城秀樹の歌を思い出してしまった。♪やめろといわれても〜〜、 いまでは遅すぎた〜!  もはや戻っても、交通機関がない。  橋を渡りきるには、遠すぎる。  さっき私を追い抜いて行った、自転車の女子高生が遠く小さくなって、見え なくなっている。向こう岸が見えない川って、広いよなあ!  サーカスの綱渡りの人たちの言葉を思い出した。 「下を見るな! まっすぐ、前を見ろ!」  よ〜し、前方、前方! 前方後円墳! 冗談浮かんでどーする!  とにかく止まらない!  イチ、ニッ、イチ、ニッ、イチ、ニッ。  止まると、恐いぞ!  イチ、ニッ、イチ、ニッ、イチ、ニッ。  何がなんでも、止まらない!  イチ、ニッ、イチ、ニッ、イチ、ニッ。  疲れて来たぞ!  イチ、ニッ、イチ、ニッ、イチ、ニッ。  止まると恐いから、歩きっぱなしというのは、つらいぞ。大井川をデジカメ したくてもできない。汗びっしょりになって来たのに、上着を脱ぐこともでき ない。  旅行用カートを持つ右手が苦しくなってきた。鉄アレイぶらさげて歩いてい るようなもんだ。  しかし、大井川って、水が流れている部分が少ない。江戸時代の川の氾濫を 思うと不思議なくらいだ。用も無いのに歩く私のほうが、よっぽど不思議かも しれんが。  とにかく歩き続ける。  足がもつれて来たぞ!  イチ、ニッ、イチ、ニッ、イチ、ニッ。  足元から、川が覗くよ。  イチ、ニッ、イチ、ニッ、イチ、ニッ。    金谷はまだか! イチ、ニッ、イチ、ニッ、イチ、ニッ。  いいかげん日も暮れて来たぞ!  イチ、ニッ、イチ、ニッ、イチ、ニッ。  ふい〜〜〜〜〜〜〜〜〜!  午後4時6分。われ、大井川橋を攻略せり! トンツーツー、トンツーツー!  打電しちゃうよ、ホントに!  ええ〜〜〜っ! この大井川橋って、1025メートルもあったの〜!  1キロメートルより、長いじゃないの〜〜〜! そげな…。  1キロメートルを立ち止まらずに歩いたのは、初めてかもしれないぞ〜!  まあ、だから「川越え」なんていう商売が発達したわけだ。  とにかく、汗びっしょり! 上着を脱ぐ。  川から吹いてくる風が、気持ちいい〜〜〜!    あとは、金谷駅へ行くだけ。  300メートル先に、金谷駅か。1キロ歩いたあとだと、楽勝ムード! と かなんとかいいながら、けっこう足はふらふらのまま。
 あれ〜〜〜? この先の駅は! 金谷駅じゃなくて、新金谷駅ではないか〜!  ここは大井川鉄道の新金谷駅のほうだよ!  鉄道ファンには、いまもSLが走る路線として有名な大井川鉄道だよ〜!  車輌基地に、SLやら、古い電車の車輌がたくさん並んでいたので、疲れも 忘れて、うれしくなってしまった。  午後4時30分。新岡谷駅の前の「夢プラザ」で、川越し資料館と、SLが 2台展示してある、ロコミュージアムを見る。
 もはや、体力のバッテリー残量は限りなくゼロ!  お土産売り場のおばちゃんの「一生懸命作ったんですよ! 美味しいんです よ!」の言葉に、もはや抗う気力もなく、玉露ようかんに、一番茶ようかんを 買ってしまう。売り場で見たときは、ネーミング的におもしろいかと思ったけ ど、それほど珍しい名前じゃないね。  どうせなら、たった一駅でも、大井川鉄道に乗って、JR金谷駅に行き、そ こから掛川駅まで行って、新幹線に乗ろうかと思ったけど、いい乗り換えの電 車があるわけでもない。このままどんどん遅れて行くと、きょうじゅうに京都 までたどり着くのも危なくなってくる。  大鉄タクシーで、掛川駅に向う。大鉄タクシーって、大井川鉄道の略称だっ たのか。きょう一日、あちこちで見た名前だったけど、「大鉄」と「大井川」 では、ずいぶんとイメージが違うものだ。  運転手さんが、旧東海道を通ってくれたおかげで、日坂(にっさか)の宿場 を見ることができた。ところどころに、ぽつんぽつんと古い家並みが修繕され て残っていた。ちょっとここだけのために来るほどの宿場跡ではないなあ。  午後5時30分。掛川駅へ。   寄り道したせいで、たったいま新幹線は出てしまったようだ。30分後じゃ ないと、新幹線がない。  みどりの窓口で、京都まで行くには、浜松で乗り換えたほうがいいのか、名 古屋でのぞみ号に乗り換えたほうがいいのか聞くと、この次のこだま号で、京 都まで行くほうが楽だという。のぞみに乗り換えても、3分早く着くだけか。 だったら、たまには、こだまでのんびりもいいや。  午後6時2分。こだま429号。掛川駅。  のんびり行くと思ったけど、新幹線のぞみに乗りなれると、こだまはここま で遅く感じるのかと、愕然とする。徐行運転しているかと思ったほどだ。しか も各駅停車で、駅に着く度、のぞみと、ひかりに追い越されて行く。  おいおい、名古屋まで1時間もかかっているぞ。  名古屋で降りて、ご飯を食べると、さらに遅くなっちゃうしなあ。  ビュッフェで、幕の内弁当を買って食べる。  きょうの旅は、ちょっとロスタイムが多すぎた。  午後8時2分。京都駅着。おい! 掛川駅から、ぴったり2時間かよ〜〜〜! 時間かかりすぎ〜!  午後8時30分。京都のマンションに着いて、ヤクルト対近鉄戦を見る。  意外なほど、ヤクルトが横綱相撲を見せつけた。  MVPに古田を選んだのは、えらいなあ。  野村監督が、ヤクルトの監督のときに、古田捕手を育てたわけだけど、育て られる側の才能もすごくなければ、育たないってことだよなあ。  ことわざに「朽木(きゅうぼく)は彫るべからず!」というのがあって、朽 ち果てた木をいくら彫っても、立派な彫像にならないという意味だ。  古田捕手を見ていると、この言葉をしみじみ納得してしまう。  足もじんんじんしているけど、旅行用カートを引きずっていた右手が筋肉痛 になって来た。明日はおとなしくしていよう。
 

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