8月30日(木)

 朝、嫁との会話。
「ラーメン食べに行こう!」
「何ラーメン?」
「喜多方(きたかた)ラーメン!」
「荻窪の?」
「いや、喜多方で、喜多方ラーメンを食べる!」

 そんなわけで、午前10時04分。まずはやまびこ37号で福島県
郡山に向う。
 わっはっは。馬鹿だ、私は。かわいそうだ、嫁は。
 ほんとに行ってしまうのだよ、喜多方(きたかた)市まで。

 喜多方には以前からずっと行きたかった。
 杉並区に住んでいたとき、荻窪には「丸福」と「春木屋」という、
日本のラーメン業界を代表するようなお店が、おなじ通りにある。
でも私がいちばん通ったのは、この2軒に挟まれた、「麺ロード」と
いう喜多方ラーメンのチェーン店だ。
 そのくらい喜多方ラーメンが大好きだ。
 しかもこの喜多方まで、日帰り旅行を敢行しようと思っているわけ
だ。
 はたして1日で帰って来れるか? そんな距離だ。

 午前11時34分。郡山駅で、磐越西線に乗り換える。
 指定席もグリーン車もない。鈍行である。
 だいたい、午前8時からでかけようとしたのに、2時間後の午前
10時4分発の東北新幹線での乗り換えしか選択肢が無いというのが、
すごいでしょ。

 磐越西線は、ごとごと、のろのろ、ありふれた山の稜線と、緑色の
平凡な水田をループで背景につかっているのではないかと思えるよう
な風景のなかを抜けて行く。
 そのうち、早咲きのススキが見えて来た。
 まだ開花前なのか、穂が真っ白ではなく、ざくろ色のように紅い。
 この紅い穂が、風に揺れて美しい。
 単調な景色が一気に華やかになった。
 さらに、減反政策の水田のあとに植えたのだろう。真っ白なそばの
実が一面に咲き誇っている。まるで雪の降りかけのようだ。
 もう秋が始まっている。8月30日だもんな。    なおも列車は、猪苗代湖でたくさんの乗客を降ろし、車体が軽くな ったせいか、チチチチチッと身体を軋ませながら、苦しそうに走り続 ける。  午後12時53分。会津若松駅で、向かい側のさらにローカル色豊 かな列車に乗り換える。直通が少ないらしい。
 午後1時11分。ようやく喜多方駅に着いた!  いやあ。長い、長い。3時間とちょっと。東海道新幹線なら、岡山 に着いている時間だ。  駅前に出る。あれ?  蔵の町、ラーメンと名高い町なのに、駅前の静けさはいったい何?  漫画で画面いっぱいに、し〜〜〜ん!と書くぐらい、静か。  駅と垂直に走る大きな通りに、2〜3軒下品なラーメン屋があるも のの、駅前に蔵とラーメンの町である証しがひとつもない。  ラーメンMAPはあったものの、100軒以上あるラーメン屋さん の観光看板もない。ふつう駅前に「この付近の観光地図」とかいって、 大きなものがあるもんでしょう。駅舎だって、蔵にして、ラーメンど んぶりを屋根に乗せなきゃ。  まるで、西部劇で流れ者が、町にたどり着いたときみたいな静けさ だ。
 大通りを歩く。100軒以上あるはずのラーメン屋が、ぽつんぽつ んとしか現れない。おかしい。これはもっと先に行くと、秋葉原の電 気街のように、ケバケバしいラーメン街が忽然と現れるのだろう。
 まずは、駅から10数分の比較的近いお店「食堂なまえ」に入る。  ここのお店のラーメンが食べたかった。  もともと、喜多方ラーメンは、太い麺で、縮れているのが、特徴。  私は細い麺よりも、太麺のほうが好きだ。  できることなら、博多ラーメンの白濁したスープに、この喜多方ラ ーメンの太い麺を入れて、食べてみたいぐらいだ。  そんな趣味の男に、ここのお店のメニュー「極太手打ちラーメン  520円」の情報が入らないわけがない。  げげっ! 本当に太い! 博多ラーメン10本ぐらいの太さだぞ。  つるつるッ、つるつるッ。  う〜ん。食感はまるで、すいとんを食べているようだ。  この歯応えは、自己顕示欲満点だなあ。  んまい。んまい。十分すぎる美味しさだ。
 喜多方ラーメンは、スープが薄味だけど、レトロな気分に浸れる美 味しさなんだよなあ。本場の味を堪能。おいしゅうございました。  交通機関が無いようなので、ラーメンMAPのラーメン街とおぼし き地区に向って歩く。蔵のほうも、ときおり見かけるのだが、2軒と 続かない。  まるで横浜ベイスターズの勝ち星のようだ。
「若喜(わかぎ)商店」というお土産屋さんに入る。  お店の人と、何でこんなにこの町は、町づくりをしっかりしないの かという話をする。  蔵の町といいながら、とびとびにしかない。  数だけでいえば、2600もの蔵があるそうだ。  でも3軒と並んで立ち並ぶ場所が無いから、ちっとも目立たない。  ラーメン屋も、130軒もあるのに、多いなあという印象を持てな い。  私が大好きな、出石そばの出石町は、50軒しか出石そばのお店が 無いのだが、狭い範囲にあそこにも、ここにもあるので、喜多方ラー メンよりお店が多く感じる。広い場所に、蔵もラーメン屋さんも点在 しすぎなのだ。  だから、通りを石畳にするような努力をまったくしていないどころ か、信号機が錆びたままのものがいくつもいくつもある。  昭和30年から、まったく時間が止まってしまったような町だ。  商店街は毎年2〜3軒ずつ潰れている状況らしい。 「若喜商店」で、みそこんにゃくと、だし醤油を買う。  このお店の歴史的資料館は、古い町並みの写真などがあって、古き 良き喜多方の魅力を知ることができる。喜多方に来たら、このお店は 必見ですな。
 喜多方市役所の近くに、「ラーメン館本館」「ラーメン館2号館」 と2軒もあるようだから行く。
 またかい! 本館と2号館の間に、ガソリンスタンドに、民家もあ るじゃないか! どうして、隣接させないの!  しかも、市役所のほうが大きくて、観光のジャマ!  せっかくのラーメン館が、市役所でかき消されてしまっている。  この市役所を更地にして、ラーメンビルを作るべき! 巨大な蔵の ね。  もったいない、もったない!  私はこの喜多方を、次回作の『桃太郎電鉄』の目的地候補として、 ひそかに期待していたのだ。これじゃあ、目的地はおろか、全国編の 物件駅としても、悩んでしまうなあ。ローカル版なら登場できるけど。  これほどまでに、町ぐるみの盛り上がりが欠けている町だとは思っ ていなかった。どうせなら『桃太郎電鉄』で取り上げる駅は、地元の 人たちががんばっている町を応援したい。そのコンセプトでやって来 ただけに、ちょっと逡巡してしまうなあ。  いいかげん歩きつかれて、足が痛くなって来ているけど、ラーメン MAPに「この通り、蔵造りが残っている」と活字で書かれた場所が あるので、川を越えて、えっちらおっちら足を伸ばす。    行くんじゃなかった。またしても蔵は密集せず、点在。 「点在市とでも名前を変えろ!」と怒鳴りたくなるくらい、ぽつんぽ つん。たまにあっても、隣りがコンビニだったり、電気屋さんだった りで、風情にまで至らない。倉敷のように、川の両側に古い景観を人 工的に密集された好例を見習ってほしいなあ。2600もある蔵を移 築すれば、大観光地になるパワーを秘めているのに! もったいない!
 午後3時。たまらず、タクシーを呼び、米沢市をめざす!  これが実は日帰りで喜多方に行って、その日に東京まで戻るという 離れ業(それほどでもないが)のからくりなのだ。  国道121号線を抜ければ、30分ほどで、米沢市になり、米沢駅 からは新幹線つばさで、ホイッと東京まで座ったままという横着キン グだ。  きょうは朝から東北地方は雨が心配されていたのだが、例によって 私が取材で訪れたものだから、曇り空のままだったけど、雨はまった く降らず。    でも、取材を終えて、タクシーに乗ったとたん、大粒の雨が降って 来た。  ちょっと、ジンクスにしても、出来すぎ!  午後4時。疲れていたので、タクシーのなかで、うたた寝。  あれ? もう1時間たってるぞ。  若造のタクシー運転手、度胸が無いようで、前の遅い自動車を追い 越せずに、のろのろ走りつづけていたのか。  しかも、この若造。米沢に入ったら、とんと地理に不案内。  降りて、町の人に道を聞けばいいのに、「どこなんでしょうねえ。 どこなんでしょうねえ!」を繰り返す。  仕方ないので、私が持参してきた『旅・王・国』を見る。 「しばらくしたら、車を止めて、この地図を見てくださいね!」 「はい!」  おいっ! この若造、車を止める気もないし、地図を見ようともし ないぞ。  こっちが、次の道を右に曲がって、この先の行き止まりを左にと、 教えてばっかじゃないか! くそ〜〜〜ッ!  ここにもいたか! お客さんに苦労をさせる若造が! 客商売を何 と考えているんだ! 少しは『プロジェクトX』でも見て、勉強せいっ!  ああ! もうやめよう! 米沢牛の美味しそうなお肉屋さんまで行 こうとしたけど、こんなアホンダラの運転じゃ、料金が嵩むばかりだ。    米沢駅に行き、新幹線の時刻を調べる。  むむっ。5時半のつばさを逃すと、7時半ぐらいまで、無いの。 まいったな。
 午後4時30分。米沢駅前の「東洋館」で、米沢牛を食べる。  お肉については、口が奢りすぎている私たちだが、じゅうぶん美味 しかった。  たぶんふつうの人なら、抜群に美味しいと思うはず!  米沢駅に戻って、お土産品売り場を物色。  米沢はやっぱり上杉鷹山(うえすぎようざん)の町だなあ。  上杉鷹山(うえすぎようざん)は、米沢藩主だった人で、倹約を励 行し、開墾を奨励し、農村復興に努め、あのケネディ大統領が尊敬し たというとんでもない偉人だ。ちょうど今年は「生誕250周年」と かで盛り上がっている。  土産物も、上杉鷹山(うえすぎようざん)グッズがやたらと多い。
 午後5時39分。つばさ142号。  きょうは午前10時04分の新幹線に乗って、喜多方に行き、ラー メンを食べ、さらに米沢まで行って、肉を食い、なんと東京駅に午後 7時56分に帰って来てしまったのであったあ!  まさに新幹線カードで、サイコロ4個振って、「いけるかな?」で、 ピンピンピンッ!でございまする。  最後に、喜多方のラーメンMAPにあった言葉が愛すべき会津弁な ので、紹介する。   3万7千人の町に130軒ぐれのラーメン屋があっから、   比率でいぐど、喜多方はラーメン店密度日本一の町なのなし。   喜多方ラーメンは太くて、平べったくて縮れてて、ようく   スープが絡むがら、何ともいえね味なのし。   店の人みな研究熱心だから、どこに行っても旨いのなし。   130軒もあっから、いろんな店で食べ比べてみっと、必ず   自分好みのラーメンに出会えっから、ぜひハシゴしてみらんしょ。  方言って、いいねえ。がんばれ、喜多方!
 

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