4月10日(火)

 きょうから娘が、中学3年生になってしまった。
 早いものだと、ありきたりな言葉しか浮かんでこないが、やっぱり「早
いものだなあ!」がいちばん適切だ。
 つい昨日、小学校に入学したばかりだったような気がするんだがなあ。

 嫁は、朝から高円寺の整体のお兄ちゃん家族といっしょに、甲府まで、
桃を見に行った。
奥多摩から甲府へ
 午後12時30分。小田急線で、千歳船橋駅へ。ひさしぶりの小田急線 は、高架と複々線の工事をしていた。鉄道の路線に知らないことが起きて いると、何だか得した気分。  千歳船橋駅を降りて、線路沿いを、環八方面へ。  環八に出たら砧(きぬた)2丁目の交差点を渡って、左へ。  宮崎ラーメンの「ひむかや」。 「日向屋」と書いて、「ひむかや」と読むらしい。「ひゅうがや」だと思 った。  宮崎ラーメンというのは、ご当地ラーメンのなかでも、珍しい部類に入 る。まだブームになっていないけど、今後が期待されているラーメンなの で、取材に来た。どの仕事の取材なのかは内緒。  ほう。宮崎もやっぱりトンコツなんだ。九州は全部トンコツのようだ。 沖縄は違うけど。トンコツにしては、味噌風味っぽいな。  備え付けで、タクワンが置いてあるのは、鹿児島ラーメンぽい。  麺は、博多ラーメンほどはないけど、細いほう。  味は、まあまあってところかな。  おっと。デジカメしたけど、失敗した。やっぱりデジカメ(食べ物)は 嫁に撮ってもらわないとダメだな。慣れていない。
 しかしラーメンというのは、個人個人の主観がまるで違うから、高級 お寿司のように、グルメ人間の考え方がほとんど一致するようなことが ない。だからこそ、ラーメン好きは、ああでもない、こうでもないと語 れていいのだろう。  それにお店の良し悪しになると、御主人がゆでるか、ゆでないかだけ で、別物ぐらいの差が出るから、おなじお店でも「美味しかった!」 「ええ〜? あのお店を美味しいっていうの〜? 変じゃない〜?」と いくらでも、論争できる。  また何といったって、冬のほうがラーメンは、身体まで温まって美味 しいに決まっている。  きょうのように、初夏の気温とテレビが報道している日は、どんな美 味しいラーメン屋さんでも、味は2割減になる。  こういう振れ幅の大きいランダム性があるから、ラーメン道を語り合 う楽しみがある。  食後、環八の自動車屋さんを覗く。  環八は、道の両側に外車の中古屋さんが、秋葉原の電気街のように並 んでいることで有名な場所だ。とくに、この砧(きぬた)という地域は いちばん密集している。  昔、私の家はこの環八を北上したところにあったので、この環八沿い の自動車屋さんには、しょっちゅう来ている。3日前の7日の日記にも 書いたけど、私は鉄道マニアというよりも、本来はカーマニアなので、 ひさびさに血が騒ぐ。  ひょいっと覗いたら、ロールスロイスが売りに出ていた。  車マニアで、ロールススロイスに乗りたくないという人がいたら聞い てみたいというくらい、ロールスロイスは自動車の王様である。  車にくわしくない人にわかる言い方をすれば、値段4500万円であ る。  東京都内の2LDKのマンションよりも、値段が高いのである。  何気なく、置いてあったロールスの価格表を見ると、「598万円」 とある。
 5千980万円…ではなく、598万円の3桁? 10分の1じゃん!  げげげげげっ! こ、こ、こ、こ、これは、ほ、ほ、ほ、ほ、欲しく なっちゃう値段じゃないか!  一生一度、ロールスロイスには、乗ってみたいものだ。  うむむむむむっ。悩む。    はっ。我に返る。  こんな道楽車を買ってしまったら、二度と、柴尾英令くんに対して、 「東武練馬の物欲大魔神」と呼べなくなってしまうではないか!  おっとっと。危ない。危ない。  だいたい、ロールスロイスなんて買ったって、うちの玄関の駐車場に 入りきらない。横幅だって、ロールスのほうが広い…わけないか。似た ようなものだけど。  その前に、我が家の前の狭い道路に左折して入って来れない。  ロールスは、走る道自体、限られてしまうのだ。日本の狭い道路では。  それどころか、ジャガーですら、ファミリーレストランの駐車場から はみ出すのだから、ロールスでは、ファミレス自体に入れない。  まあ、ロールスロイスを買いたいと悩む男が、ファミレスに入れない ことを困ること自体、所有者としての資格がない。  おかかえ運転手を雇えるぐらいでなければ、ロールスを持つ資格など ないのだ。  というわけで、ロールス購入をあきらめる。  一応、車マニアとして発言すれば、598万円のロールスは走行距離 も桁外れで、車体もぼろぼろのはずである。  さて、天気がいいので、千歳船橋の駅まで、住宅街を通って戻るとす るか…と歩き始めて、5〜6分で、とんでもないことに気がついた。  思わず住所の表示板を見る。 「桜丘5丁目」とある。  魔の世田谷・桜地帯だああああああっ!  都内で自動車を運転したことがある人なら、誰もが一度は迷い込んだ ことのある、迷いのダンジョン・桜上水! 桜ヶ丘! 桜!  桜の名前がつく町名の一帯である。  曲がりくねった道。行き止まりの狭い道。目印になる商店がまったく ない住宅街。一方通行に一貫性のない道。  どれだけ、車を運転する人たちを苦しめて来たことか。  30年ほど前、この桜地帯の先の松原というところに、彼女がいた私 は、毎回この千歳船橋あたりから魔の桜地帯に入り、1時間から2時間 近く迷いながら、彼女の家までたどり着くのを常としていた。  何度も何度も迷いながら、1年近くかけて、ようやくあっというまに たどり着ける道を探索できた頃には、ふられた!というオチまでつく魔 の地帯である。  あの頃の恐怖を思い出し、頭の中にある千歳船橋駅に向って、必死に 北上する。まだこの魔の地帯に紛れ込んだばかりだ。戻れるに違いない。  しかし、早くも道は、曲がりくねり始める。  北上できない! ああ! かつての戦慄が蘇る。  嗚呼! 何で昨夜見たNHKのヒッチコック特集を思い出すんだ。  魔の桜地帯というだけあって(そう言っているのは私だけだが)、桜 が散って、風に舞うのがきれいなだけに、よけいサスペンスっぽい。夜 でなくてよかった。
ここはどこ?
 アニメ・プロデューサーのひろたたけしから電話が入る。 「いま、どこにいます?」 「わ、わ、わからん。住所は桜ヶ丘だ」 「ああ! じゃあ、東京にいるんですね」  そうか。ひろたにとっては、私がきょう、東京にいるのかどうかが問 題だったんだな。ちょうど歩き疲れたので、笹原小学校の前の石にすわ ってしばし電話。  しばらく迷いながら、なんとか千歳通りに出る。  バス停を見ると、「田園調布行き」とある。  へ〜、どういう経路を通って、田園調布まで行くのかな。  そう思うと、迷わずバスに乗っていた。  いつもこういう風に、あとさき考えずに、バスに乗るのが好きだ。  バスが走り出す。  バスは環八に出て、ずっと環八を南下する。  何だ、意外性のない経路だなあ。  瀬田の交差点を渡ったところで「次は瀬田。○○○○駅にお乗換えの 方は…」というので、反射的に降りる。このまま田園調布まで行ったら、 とても遠いのと、午後3時までに自宅に戻らないといけない用事を思い 出したのだ。  降りたら、どこにも駅はない。  瀬田の交差点まで戻るが、駅の表示がない。  まさか二子玉川駅だったんじゃないだろうなあ。  仕方なく、タクシーで渋谷に出る。  あとで、田園都市線の用賀駅が近かったことを知る。  私が30年前、環八をスカイライン2000GTで、ぶいぶい言わせ ていた頃、まだ田園都市線は走ってなかったからなあ。  午後2時30分。渋谷のさくらやで、DVDプレイヤーを購入。  DVDって、チャプターごとに、飛んで(スキップ)、ちょっと前の セリフをメモりたいときに、ずいぶんと前のほうまで戻ってしまうので、 非常に困る。私のような文筆業にとって、名ゼリフをメモるのは、大事 な仕事のひとつである。  シーンのカット割りもみたい。  というわけで、ちょっと古いDVDなら、ジョグ・ダイヤルがついて いるので、このタイプのDVDが欲しかったのだ。  午後3時。自宅に戻る。    午後3時30分。美容室「ヘアストリート」の佐藤志靖さんが、この 4月7日からほかのお店に移った。  移ったほうのお店というが、うちのすぐ裏である。  行ってみる。    あまりにも近すぎて、まさかここではないだろうと、ぐるっと町内を 一周してしまった。近いにもほどがあった。  自宅から、30秒ほどである。 「Les Anges」というお店だ。「ル・ザンジュ」とかフランス語で発音 するらしい。「ロスアンジェルス」ではない。意味はスペル通り、「天使」 である。  入ってみて、驚いた。  引退したお相撲さんが、髪をカットしていると思ったら、放送作家の 福本岳史くんであった。  佐藤志靖さんが「あれ〜、福本さんと待ち合わせしてたんですかあ?」 「してないよ〜!」 「って、ことは福本さん、運がいいですねえ!」 「オレは、運が悪いよ!」 「そんなこと言わないでくださいよ、さくまサン!」  しかしねえ、新しいお店に移って、前途洋々たる未来が待っているの に、私と福ちゃんが並んでいる美容室の風景は、佐藤志靖さんにはかわ いそうだったよ。   だってふたり並んでいる光景は、美容室というより、床屋さんのムー ドになっちゃってんだもん。原宿の美容室というより、足立区の床屋さ んみたいだし。いかんよなあ。福ちゃんと私がこのお店で、同時間帯を 共有しては!  けっきょく、ふたり並んで、ずっと仕事の話。  このところゆっくり話していなかったので、福ちゃんにとってはつも る話がたまっていたようだ。  午後6時。福ちゃんは、渋谷に向かい、私は自宅に戻る。  午後7時。娘が突然、「親子丼が食べたい!」と言い出すので、湯島 天神の並びにある「鳥つね」へ。  オレンジ色の卵が美しい親子丼のお店だ。  ついでに、焼き鳥と手羽先も食べる。  親子丼が絶品なくらいだから、もちろん焼き鳥も美味しい。  ブレーキをかけなければ、このお店のメニューを端から端まで食べた くなる。  午後8時30分。帰宅。嫁が帰っていた。  テレビ神奈川をつけると、わが横浜ベイスターズは、広島相手に2対9。 もうぼろぼろ。開幕以来、打てない、打たれるの繰り返しで、とうとう 本日、最下位に転落。恐れていた事態になってしまった。やっぱり森祗 晶さんの緻密な野球を理解できないのでは? 消化不良を起こし始めて いるのでは?  ああ! やるせない夜である…。
 

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