3月26日(月)

 午前10時30分。嫁と、小雨降るなか、東京駅へ向う。

 本日より、うちの娘が修学旅行にでかけるので、恒例!鬼のいぬまに
洗濯旅行なり。娘の修学旅行は、奈良、京都だそうだ。しかも京都での
ホテルは、うちの京都のマンションの近くというから、いっそう哀れで
ある。憐憫の情を少しだけ。
 よっぽど、嫁と京都に行って、茶化してやろうとかとも思ったのだが、
娘がホテルを抜け出して来て、割烹「M」に行こうとか言い出しそうな
気がするので、やめた。あいつなら本当にやりかねない。

 さて、いつも「娘のいぬまに旅行シリーズ」は、娘の怨念で、必ず食
べ物に恵まれないことになっているので、今度こそと、万全を期している。
 今回はきばりましたよ。雑誌も『極上の宿』といった本を何冊も買い
込んで、ほかの本で見ても、極上の宿であることを確認したのだ。
 昨年、雑誌で見た山形の宿の夕食に出る、山形牛の霜降り具合にまん
まと、騙されたからなあ。たしかにしゃぶしゃぶ用の山形牛の2枚は美
味しかったんだけど、それ以外はすべて、いかがなものかだった。
 さてさて、今回はどうなりますことやら…。

 午前11時。東京駅。旅立つときは、いつもの八重州口地下の「資生
堂パーラー」。改札口に近いのが何より。ビーフカレーにコーヒーを食す。

 午前11時45分。ひかり153号。
 新幹線ひかりに乗るのは、ひさしぶりだなあ。このひかりに乗ると、
これから行く三島は、ひとつめの駅になる。わずか39分で三島だ。
 東京から横浜に行くよりも近いぞ。新幹線はさすがにすごい。

 午後12時24分。本を読んでいたら、あっというまに三島駅に着い
てしまった。おお! プラットホームから、富士山が見える。
 やっぱり伊豆は、富士山の国だなあ。
 まずは駅構内で、『桃太郎電鉄』用の取材。  構内の土産物屋は、重要な取財源だ。   三島大社名物の福太郎は、よもぎ餅。試食したらけっこう美味しかっ たのだが、こういう風に、三島大社オリジナル製品だと、『桃太郎電鉄』 につかうことができない。福太郎という銘柄が複数あると、採用しやすい。 またこの手のよもぎ餅タイプのお土産物品は日本中で売っているので、 三島だからこそのイメージが希薄だ。  できるかぎり、その土地の名産品を原料につかってほしいものだ。
 だからむしろ、わざび枝豆、400円というスナックのほうが、ぴり ぴりして美味しくて、物件にしやすい。伊豆は、わさび田が名産だ。  あとは、三島駅の桜えび弁当が、以前から気になっていたのだが、い まは満腹なので、食べるわけにもいかない。以前なら満腹でも食べたの だが、取材より健康のほうが大切な年齢になってしまった。  まあ、桜えびの本場は、由比だから、三島でつかわないほうがい。  三島駅を出る。駅前には、タクシーのターミナルがあるだけ。  伊豆箱根鉄道に乗りたいのだが、見当たらない。  どうも駅の反対側にあるようだ。  外に出て、道路づたいに歩くが、反対側に回る道がない。引き返して、 逆方向の道路を行く。あっ、トンネルがあるぞ。あそこか。いや、トン ネルからは電車の線路が伸びている。踏み切りがあるだけで、三島駅の 南口に向うことができないのか。見事に駅舎で分断されてしまっている ぞ。不便な駅だなあ。  駅に戻って、券売機を見る。  新幹線と東海道線のはあれど、伊豆箱根鉄道の券売機は無い。どうい うことだ? 伊豆箱根鉄道は、三島駅から遠いのか?  仕方がないので、駅員さんに聞くと「駅構内を通ってください!」と いって、付箋紙のような大きさの薄い紙に判子を押してくれた。ん?  なんじゃこれ?
 見ると、「駅構内通過入場証」と書かれている。  ってことは、間違える人が多いってことじゃないか。  だったら、もっと降りる場所に大きく書いておくか、こっち側にも券 売機を置けばすむ問題ではないか。  腑に落ちないまま、天井にぶつかりそうな背の低いコンクリートの構 内を抜けて行く。南口はこっちと書かれている。でも南口には、伊豆箱 根鉄道の文字はない。どうしたんだ?と、右のほうを見ると、鄙びた伊 豆箱根鉄道の改札口があるではないか。なんだか三島駅は、伊豆箱根鉄 道の存在を隠そう、隠そうとしているとしか思えないぞ。  横溝正史の推理小説で、ときどきやる手法みたいだぞ。助清さん!  改札口を通る。  おお! まるで横浜ベイスターズ・カラーのような電車が入線してい るではないか。美しい色合いだぞ。  意外に大きい車輌だなあ。しかも私が40年間乗り続けた西武新宿線 の車体にそっくりだぞ。まるで、あの黄色い電車を、白とブルーに塗り 替えただけのようだ。そういえば、こころなしか、改札口の雰囲気も、 西武線臭い。  ローカル線にしては、3輌と、立派な車輌編成だ。
 午後12時50分発の鈍行で、伊豆長岡駅をめざす。  列車は座席と座席の間も広い。乗っていると、やっぱり西武線に乗っ ているような錯覚に陥る。  あとで乗った西武タクシーの運転手さんに聞いたら、はたせるかな。 伊豆箱根鉄道は、西武鉄道グループの経営だそうだ。やっぱり。  だから停まる駅、停まる駅、みんな西武線っぽいし、駅前のバスと タクシーが、レオのマークなんだあ。納得。  以前は、伊豆箱根駿豆(いずはこねすんず)鉄道という私鉄だったそ うだ。  でもなぜ西武伊豆線とか、西武修善寺線といった名前にしないのだろ うか。  午後1時15分。伊豆長岡駅着。三島駅から、8つめの駅。沿線はけ っこう宅地が進んでいて、乗客が多い。伊豆長岡駅は知名度のわりに、 簡素。妙に田舎風。
 駅構内の土産物も、わさびが中心。これといって変わった商品はなし。 どうもこれでは、伊豆箱根鉄道を『桃太郎電鉄』に登場させたくても、 物件になるものがない。  ひとつ前の韮山(にらやま)駅のほうが、いちご狩りの名所として有 名だから、物件駅にしやすい。  駅前のバスがすぐ発車するというので、あわてて乗る。
バスはガラガラ
 10分もすると、終点に着く。  バス停の名前は、反射炉(はんしゃろ)。  歴史の教科書にも「韮山の反射炉」として登場するあの反射炉だ。  この反射炉を作った人が、江川太郎左衛門という人で、『風雲児たち』 (みなもと太郎・潮出版)でもかなりのページ数を割いて登場する人だ。
 この江川太郎左衛門という人は、関西風にいうと、実にけったいな人だ。  江戸時代末期、このあたり一体を治めるお代官様だったにもかからず、 新しい物好きで、お皿は自分で焼くは、文箱は作っちゃうは、煙草入れに キセルまで手作りして、書画は、江戸時代の谷文晁に習ったほどの腕前だ し、何たって、日本で最初にパンを作った人なのだ。
 土産物屋にも「パン祖のパン」という固いパンが今でも売られている。 このパンは、乾パンのようなもので、軍隊の食料として開発したそうだ。 別に反射炉の余熱で焼いたというのではなく、パン用の窯を作って焼いて いる。  この「パン祖のパン」を買うのが、今回の旅のきっかけ。  案の定、パンはあまり美味しくなかったけどね。はっはっは。  当時、戦さに携帯して、水に戻して食べたというから、本当に非常食だ ったんだろうなあ。  この江川太郎左衛門という人は、このほかにも、西洋式造船の監督や、 医学、化学にも通じていたという。西洋砲術を高島秀帆に学んだことから、 この反射炉の製作を始め、作った砲台は、お台場に設置したのである。
 あのペリー来航で、あわててお台場に砲台を作った話は、この江川太郎 左衛門さんがからんでいるのだ。  おそらくあのイミテーションの砲台をお台場に乗せようと言い出したの は、江川太郎左衛門だったんだろうなあ。  ペリー来航のような国難は、けったいな人物を輩出するものだ。  お台場は、全部で11個作る予定になっていて、実際に作ったのは、6 個。そのうち今も残っているのは、2個。第3台場と、第6台場だけ。第 3台場は、お台場公園である。    その砲台を作るために建てられた反射炉。受付けで、100円払って、 なかに入ると、わざわざ案内のおばちゃんが付いてくれる。私と嫁のふた りだけのために、申し訳ない気がする。  16メートルの高さの反射炉を四方向から、いちいち解説してくれる。  反射炉は、太陽の光を反射させるのではなく、九州の炭を焼いたその熱 を反射させるといったことなどを説明してくれた。  正直言って、私も反射炉という名前から、パラボラ・アンテナのような ものがあって、太陽光線を反射させて、鉄を溶かしたのだと思っていた。 それじゃ、菅原文太さんがCMしてた、朝日ソーラーとどこも変わらない。  もっと複雑な工程を経て、銑鉄から、鋳物を作ったようである。
 15分ほどかけて、テニスコートほどの敷地をぐるりと回ると、おばち ゃんは「こちらへどうぞ!」と、言いながら、外に出てしまうではないか。 おいおい。まだ外に出たくないぞ。外に出て、江川太郎左衛門の像を解説 してくれて、2歩、3歩と進むと、なんと、そこは土産物屋さん。  はっはっは。なるほど、そういうことか。案内のおばちゃんはなんと、 受付けのおばちゃんではなく、この土産物屋のおばちゃんだったのだ。  古典的な上手い手法だなあ! 「パン祖のパン」だけ買う。 「反射炉ビア」で、コーヒーに、煎茶アイスなど。さすが茶所・静岡、煎 茶アイスは、濃いお茶の風味が満点。
 すっかり外の天気はよくなって、陽射しがまぶしいほどになってきた。  とうとう春が来たという感じだ。
 花粉症のほうは、強い薬を飲んできたので、まったく心配ない。  まわりの山の緑や、黄色い花が美しくて、気持ちが思わずのんびりする 場所。  やっぱり旅行の印象は、天気が大きく左右するよなあ。あと1〜2日あ とに来たら、桜が満開だった。ちょっと残念。  午後2時40分。ちょっと離れた場所に。江川邸があって、改築、整備 が完了したばかりで、きょうから公開になると聞いたら行かないわけにい かない。すでにこのけったいな江川太郎左衛門さんに多大なる興味を持っ てしまった。こんなチャンスを見逃す手はない。  タクシーで、江川邸へ。3キロちょっとだから、歩けないことはない。  大きい〜〜〜! すごく大きい家〜〜〜!  大きいわけだ。江戸時代、江川太郎左衛門さんは、何たってお代官様だ ったのだから。お代官様というと、『水戸黄門』に登場する、「お代官様 〜〜〜!」と農民が泣き叫ぶ悪代官のイメージが強いのだが、こういうハ イカラなお代官様もいたんだねえ。
 江川邸は、日帰り旅行するには、絶対お勧めの場所だよ。  反射炉よりもおもしろい。パンを焼いた窯も置いてあるし、生きている 欅(けやき)をそのまま家の柱につかった、「生き柱(いきばしら)」な るものまで見ることができる。江川家に伝わる家訓など読むと、かなり笑 える。  パン開祖の碑もあるのだが、ふつう碑といえば、石でできているものな のに、大木に開祖と彫ってある。
 ほかにも江川家が集めたコレクションなども展示されていて、見ごたえ は十分。  漫画『風雲児たち』を読んだ人は、絶対ここに来たほうがいいよ。だっ て、江川太郎左衛門が描いた自画像っていうのがあるんだけど、まさにあ の漫画に出てくるキャラとおなじなんだもん。目が大きくて。 『風雲児たち』を描いた、みなもと太郎さんって人は、平賀源内とか、こ ういう発明家で奇人という人が好きみたいだねえ。漫画の『風雲児たち』 を三谷幸喜さんの脚本でテレビ・ドラマ化したら、おもしろくなりそうだな。  それにしても江川邸で、『風雲児たち』を全巻買えるようにしておいて ほしかったなあ。  帰り道は、韮山城跡と、蛭ヶ小島の碑を見る。
 蛭ヶ小島は、あの源頼朝が、平氏に島流しされて、北条政子と出会った 場所である。それほど歴史上のターニング・ポイントになった場所にも かかわらず、大きな石碑に、年表だけというのは、あまりにも悲しい。  源頼朝記念館ぐらい、無理やりでっちあげてもいいくらいなのになあ。  韮山城は、かつて北条早雲が居城にしたお城で、現在整備中で、お城を 復元するとかしないとか検討中だそうだ。  反射炉に、江川邸、韮山城、蛭ヶ小島と、これだけ揃えば、立派な観光 地になりそうだ。これから要チェックな場所なのかも。  午後3時5分。伊豆長岡駅に着く。あと2分で、電車が出てしまう。必 死に跨線橋を不自由な足で駆け上る。きょうはVAIOをかついでいるか ら、苦しいぞ。いつも嫁に持ってもらっていたのだが、最近VAIOくら いかつげるようになったのだ。でもとっても苦しい。  ひ〜〜〜。やっとのことで、電車に駆け込むが、よく考えたらここは単 線。この駅で向こうから来る電車を待つに決まっていたのだ。まだ電車が 見えないのだから、そんなに急ぐことはなかった。  午後3時7分。伊豆長岡駅を出発。  ここで『桃太郎電鉄』のお仕事をさせてね。  伊豆長岡駅は、ちょっと物件駅には向いていないなあ。沿線でいちばん 大きい町だから、☆印カード売り場のほうが似合いそうだ。まあ、温泉が 多いところだから、全部「温泉旅館」にするという手がある。    というわけで、物件駅としては、韮山(にらやま)駅を予定。   <韮山>   ・イチゴ狩り園   3000万円 20% 観光   ・イチゴ園     5000万円  5% 農林   ・イチゴ園     5000万円  5% 農林   ・イチゴ園     5000万円  5% 農林   ・反射炉パーク      1億円  1% 観光    午後3時20分。終点の修善寺駅に着く。有名なわりに、見事にローカ ル駅というか、昔ながらの温泉地の雰囲気だ。
 午後4時。修善寺温泉の奥のほうにある、日本旅館「あさば」へ。  娘を連れて行かずに旅行すると、料理に恵まれなくなるジンクスに、ま たしても挑戦するために、きょうはこの旅館を選んだ。  きばったよ、きばったよ〜。気合も値段もきばったよ〜。  今度こそ、娘の呪縛を跳ね除けたいからね。
「あさば」は、知る人ぞ知る、格式高き日本旅館である。  数年前、サミットで訪れたフランスの大統領が、この「あさば」ですご したというような名旅館である。料理の美味しさでも、定評がある。  何たって、大きな門の玄関をくぐって、玉砂利を歩けば、帳場の前に大 きな池が広がり、滝が流れ落ち、能舞台が見える。  大きな池には、もちろん、鯉である。
 この能舞台が、この旅館の売り物で、能、狂言、新内などが、年に7回 ほど開かれるのだが、半年前に予約開始しても、すぐに売り切れてしまう そうだ。実は今回も4月の観世榮夫さんの日も聞いてみたのだが、もちろ ん売り切れ。そんな旅館なのである、この「あさば」は。  一応、能狂言を見ることができないまでも、離れの家に宿泊。  玄関を上がって、廊下が畳という贅沢さ。畳の匂いがぷうんと匂って気 持ちのよいこと。決して金ピカの装飾でなく、木を生かした調度品ばかりだ。  部屋の掛け軸、花瓶なども、わび、さび、幽玄の世界である。  部屋にすわっていると、どこからか千利休が現れて、茶を点ててくれそ うだ。  せっかくなので、館内を探訪する。  サロンが見事。インテリア雑誌から抜け出てきたような空間だ。
 夕日が気持ちよく射してきて、少し座っているだけで、ちょっと日焼けし てしまった。日が伸びたなあ。  午後6時。夕食。  胡麻豆腐に、季節の盛り合わせが運ばれて来る。  季節の盛り合わせというと、フルーツと思うでしょ? こういう旅館の季 節の盛り合わせは、海老に、空豆、味噌漬の牛たん、うどの和え物、平目の えんがわの南蛮漬けである。  味噌漬の牛たんのどこが、季節なのか、わからないのだが、この季節の盛 り合わせを食べた瞬間、「勝った…、ついに娘の呪いに勝った…」と私は低 くつぶやいた。娘の呪縛が解けた!と思えるほど美味しかった。
 海老なんか、丸ごと頭まですんなり食べられてしまうのだよ。うっかり食 べて海老のヒゲが喉に刺さって、涙目になるような安っぽい海老じゃないの だよ。
 竹の子の四万十のり揚げ。  これにはまいった。竹の子が揚げてあって、四万十川の美味しい海苔が和 えてある。一品一品、本当に手の込んだ料理ばかりだ。
 太刀魚の鍋、平目とあおりイカのお刺身を食べる頃には、呆気に取られる ばかり。気がつけば、あの我が家のナンバーワン和食のお店・青山「穂積」 のレベルに近づきつつある。  アマダイの興津干しは、もはや京風でも、江戸前風でもなく、このあさば 独特の料理方だ。アマダイを漁船の上で、要するに航海中に最初に干したも のだそうだ。皮はぱりぱりと。身はほろほろと。  もはや愉楽、悦楽、快楽、享楽、法楽、歓楽、逸楽の世界に漂うのみである。
 そしてこの旅館の名物、穴子の黒米ずし。  黒米が不思議な食感。美味しいんだけど、もはや今まで出てきた料理が美 味しすぎるものだから、目立たないほど。  さらにこの後、デザートにとてつもない攻撃が待っていた。
 葛きりである。まるで私と嫁がいつも青山「穂積」の絶品葛きりを食べて いるのを知っているかのように、挑戦してくる。みごとに「穂積」の葛きり と、同等の味。嫁が頼んだほうのブラマンジェは、口の運んだだけで、溶け てしまいそうなほどのなめらかさ。こういう名旅館が、デザートにブラマン ジェを出すというのだから、相当自信があって出すのだろうなとは予測して いたけど、軽くフェンス越えのホームランである。    もはや、膨れたカエルのお腹状態だったのだが、まだ続きがあった。  料理人がわざわざ、3種類のアイスクリームを持って来て、その場でお皿 に綺麗に盛り付ける。
 しかもこのアイスクリーム、生姜に、オレンジのリキュールに、カボチャ のアイスクリームと来たもんだ。  もう何をかいわんや。「筆舌に尽くしがたい」という形容を文筆業として は、つかってはいけないのだが、どうにも、筆も進まなければ、舌は満足に 打ち震えている。無念である。  それほど私は、愕然、呆然、唖然、一驚、喫驚、仰天、驚倒、驚嘆、瞠目、 驚天動地…、もうどの単語でもいいや。ヤケになるほど、二の句が継げなく なっているのだ。それほど美味しい! 「あさば」は、料理だけでなく、旅館としても素晴らしい。  あいにく私は野天風呂に入らなかったのだが、嫁の言によれば、池の水面 とおなじ位置に野天風呂の湯面があって、すぐそこに鯉が泳いでいるのが見 て、その向こうには、ライトアップされた能舞台が暗闇のなかに浮かび上が り、滝の音がこだましたそうである。  部屋でこうして、日記など書いているのが馬鹿馬鹿しくなるほど、静かで ある。  凛とした静けさだ。  どう考えてもこの老舗旅館の日本間に、VAIOは似合わないぞ〜。PH Sによるインターネットがほとんど繋がらない。いかにも遠くに来たことを 物語っている。  しかも、布団をのべに来てくれた初老の方の、プロフェッショナルな仕事 っぷり。まるで手が物差しになっているように、ピッ!とシーツを広げ、き れいに布団をくるむように着地する。見ていてホレボレする。  さらに布団のふっくら具合が、まるで焼きたてのパンのように、ふっくら、 ふかふか。こりゃあ、気持ちいいやあ。
 さすがに、みんなに宿泊料金を教えたくないけど、あの料理、東京で食べ たら3万円以上は取られるのでは。そう思うと、温泉の泉質のなめらか、広 さなども加算して行くと、リーズナブルかもしれない。  なにはともあれ、ふっくら布団にくるまって、滝の音を聴きながら、のん びり本を読む静寂。これは最高の贅沢だねえ。  せっかち大魔王と呼ばれている私も、きょうばかりは、ほっこり、隙だら けだ。  例によって、明日どこに行くかまだ決めていない。  行き当たりばったりこそ、旅の真髄である。  ではまた明日。
 

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