12月26日(火)

 かみのやま温泉郷にて。
 窓を開けると景色は、真っ白。
 天気予報は見事に、1日遅れになったものの、見事的中して、大雪となった。  午前7時。「オリコン・ウィークリー」の原稿を書いて送信する。はっはっは。 けっきょくVAIOを持って来てしまったのだ。仕事は極力しないなんて言ってたのは、 真っ赤な嘘だね。まったく。  最近すっかりインターネット依存症だ。  きょうのように大雪で電車のダイヤが乱れることが予測できるときには、とくに便利 だ。  午前8時30分。朝食。  名産のこんにゃくは、ゼリーのようにぷよぷよで、黙ってフランス料理につかわれた ら、わからないような美味しさだ。
 ただし、日本旅館の朝食の定番である鮭が、塩の塊のようだ。  どうもこの旅館とは相性がよくない。  午前9時。タクシーで山形駅へ向う。 「H館」の前には、下品そうなスナック。車が走り出してすぐのところに、ストリップ の小劇場があった。やっぱりそういう人たち向けの温泉地だったようだ。  山形牛の霜降り具合だけ見て、旅館を決めるのはやめよう。   車が走り出してすぐ、運転手さんが「汽車のお時間のほうは大丈夫でしょうか?」と 言い出す。  地方に来ると、電車のことを「汽車」という言い方をするのが、私は好きだ。 「山形で、午前11時9分の列車に乗るから、大丈夫ですよ。そんなにあせってません から…」 「いえ、あの、ひょっとするとその時間も危ない場合があるということを…」 「えっ?」 「この雪で、渋滞がひどくて、たまに1時間以上かかることもあるもんで…」  たしか山形までは、8キロくらいの距離だったはず。  でもなるほど、今走ってる速度は異様に遅い。  私と嫁なんか、「ゆっくり雪景色が楽しめてうれしいねえ! きれいだねえ!」との んきな会話を繰り返していた。 「裏道を行ってもよろしいでしょうか?」 「どうぞ! どうぞ!」  運転手さんは裏道でも時間がかかるかも?と心配していたが、順調に車はひた走る。 「雪がきれいだ!」と何度もいうと、この地方の人から怒られそうだが、木の枝ひとつ ひとつに美しく雪が積もる景色に、感動を覚えずにはいられない。
 そういえば、このかみのやま温泉は、蔵王に近い。  これが樹氷なのか。
いえいえ、「樹氷」はこんなカンジ ↑ もっと山に行かないと
 午前10時。渋滞のトラブルもなく、山形駅に到着。  山形新幹線のチケットを買って、そのまま駅ビルの1階にある、お土産売り場で、 『桃太郎電鉄』の取材だ。  以前、この売り場で、ラ・フランスのブームをキャッチしたことがあるだけに、のん びり温泉旅というわけに行かない。  自由業というのは、24時間自由に仕事のために時間をつかえるから「自由業」とい うのかもしれない。  さて、今回目に付いたのは、ラ・フランスが完全に定着している様かな。すっかり さくらんぼと肩を並べていた。  山形というと、さくらんぼしかないイメージは遠い昔だ。 「まゆはき」という、甘い口のなかで溶けるようなおせんべいの間に、乃し梅(のしう め)を入れたものがあった。  この「まゆはき」は、松尾芭蕉が『おくのほそ道』で、「まゆはきを 俤(おもかげ) にして 紅粉(べに)の花」と詠んだことから付けられた名前だ。  私は今年、iモード・ゲームで『さくま式奥の細道』を作ったので、よりいっそう芭 蕉の東北が身近に感じられるようになった。この「まゆはき」というお菓子を見た瞬間、 「あっ、これは芭蕉がらみの名前だな!」と気づいた自分がうれしいのだ。  午前11時9分。つばさ115号。
 これから山形新幹線で、大石田(おおいしだ)という所に向う。  列車は、山形駅を出ると、雪が激しく降って来た。 「将棋よいで湯のふるさと」天童駅を過ぎる。  さくらんぼ東根(ひがしね)駅。ここは、さくらんぼの生産量が、全国の5分の1を 占めている。  穀倉地帯なだけに、一面真っ白な景色の範囲が広くて気持ちいい。  この景色を絵に描くとすると、白が99、8%以上というくらい、あたり一面真っ白 である。  村山駅を過ぎると、ついに積雪20センチ以上。吹雪で景色が見えないほどの豪雪に なって来た。  車内が暖かいために、美しい景色にしか見えない。  まさか、これからあっち側の景色の中に立つとは…。  午後11時37分。大石田駅に着く。
 本来、プランニングしていたきょうの旅程を発表する。  大石田駅から、「さみだれをあつめて早し最上川」の最上川を見て、尾花沢の芭蕉清 風資料館に行き、そば街道で食事。さらに大正ロマン漂う銀山温泉を見て、大石田に戻 るか、新庄まで行く。  今回の旅はざっとこんな感じの予定だった。  予定はあくまで未定。  未定どころか、豪雪でプランも何もあっものではない。  次々に予定を中止するしかなくなった。  うっかり道が閉鎖されて、帰れなくなることのほうが恐い。  まず最上川行きを中止する。 「豪雪をあつめて激し最上川」ではシャレにならん。  タクシーで、尾花沢の「芭蕉清風歴史資料館」に行く。  実は今回の旅のメインはここ。松尾芭蕉が『おくのほそ道』で、尾花沢に来たとき、 鈴木清風さんという豪商の家に泊まった。その豪商にちなんだ家がこの「芭蕉清風歴史 資料館」となっているのである。  松尾芭蕉は、鈴木清風さんの家に、10泊した。  10泊とは異例な長さである。  私のiモード・ゲーム『さくま式奥の細道』でも、この尾花沢には必ず泊まることに なっていて、サイコロ2個振って、何泊するか? というイベントが入っているのは、この清風さんの家に10泊もしたことからインスパ イアされている。  だからこそ、この資料館は是が非でも来たかったのだ。是が非でもが、まさか豪雪の 日になるとは知る由もなかったけどね。  午後12時。「芭蕉清風歴史資料館」に着く。
 駐車場から、資料館まで10メートルほどもないのに、そこまで歩くのにも難儀す る。  ガラガラと、格子戸を開けて、受付の前に立つと、なかの人たちが「ぎょっ!」と した顔で迎えたのがよくわかった。  まさかこんな日に、こんなところに見学に来る人などいないと思っていたのだろう。 私たちだって、わざわざ豪雪だから来たわけではない。できることなら、景色が判別 できる季節に来たかった。  大石田駅から、タクシーで15〜6分ほど。雪が吹雪いて、雪以外の景色がほとん ど見えなかった。TVの特集で、尾花沢を映し出されても絶対覚えがないだろう。  入館料200円を払って、なかに入る。  豪商の家だけあって、大きい!  ただしここは、清風さんの旧宅ではなく、子孫の店舗だったものを移築したものら しい。わざわざ清風さんの家の隣りに復元したのが、松尾芭蕉とのこじつけのようだ。  江戸時代の鈴木清風さんの家がそのまま残っていたら、こんな無名のままではすま ないに決まっている。  さて、『おくのほそ道』に登場する鈴木清風さんは、尾花沢の名産・紅花を江戸に 輸送して莫大な財産を築いたそうだ。  そのあまりの鮮やかさに、江戸の商人たちが結託して、清風さんの紅花を仕入れな いように同盟を組んだそうだ。わざわざ尾花沢から輸送して来た紅花だから、音をあ げて、二束三文の値段にダンピングして売るはめになると、清風さんの反対派は目論 んだようだ。  そこで、清風さん。どうせならと、その大量の紅花を積み上げて一挙に燃やしてし まったそうだ。もちろん、江戸の商人たちの驕慢なやり方を非難する高札を立てた上 で。  このパフォーマンスが、バカ受けして、さらに紅花が品薄とわかって、翌日から値 段が高騰した。  これで終わっただけでも、痛快な話なのだが、この清風さん、大量に燃やした紅花 の大半は、偽の紅花だったというから、ホレボレしてしまう。  こういう人、好きだなあ。  さらにあとでおもしろい話を聞いた。  この尾花沢の市長が、新聞社が取材に来たときに、松尾芭蕉が清風さんの家に10 泊したとき、毎日遊女遊びをしていたと語ったことが大問題になって、市長さん、平 身低頭だったらしい。  やっぱりこっちでは、松尾芭蕉は神格化されているようだ。  どうもこの話は、実話のようらしいが。  豪快な鈴木清風さんの家だ、ありえない話ではない。  …と、すっかり清風さんを気に入ったのはいいのだけれど、広い家だけに寒い。小 学校の教室くらいの広さの土間に、ストーブがひとつだけ置いてあるのだが、火が入 っていない。見学者など来ると思っていなかったから、つけてなかったのだろう。  しかも私たちが来たからといって、そのストーブに火がつくことはなかった。理不 尽だとも思うが、こんな雪の日に来るほうが理不尽な気もする。  しかし、畳の部屋まで寒いというより、足の裏が痛いのには、閉口する。板の間を 踏む足が寒さで痛いのはあたりまえだが、畳の部屋で、足の裏が痛いということで、 寒さを想像してほしい。  何とか寒さをこらえて、資料を読もうとするが、足の裏が痛い。だんだん資料が頭 に入って行かなくなってきた。年譜を読む目も滑り始めた。  これ以上ここにいて、5年前の脳内出血が再発しても困る。  タクシーを呼んでもらうことにする。  予定ではこのあと、そば街道でおそばを食べて、銀山温泉に向うはずだったが、す べて中止!  タクシーでそのまま、新庄駅に向うことにした。  何のことはない。「芭蕉清風歴史資料館」を見るだけの旅になってしまった。iモ ード・ゲーム『さくま式奥の細道』の作者としては、この「芭蕉清風歴史資料館」を 訪れて、鈴木清風さんの人柄に触れることができたのは大いなる収穫だから、これで いいのだ。  国道13号を、新庄駅に向って走る。
 道のデジタル温度計が、―4度を示している。  もちろん積雪20センチ以上の所を車は疾走する。舞い上がる雪のせいで、ほとん ど景色は見えない。  50年近い人生で見た雪の量とおなじくらいの雪を見たような気がする。  行けども、行けども、雪である。  タクシーの運転手さんが、あわてず騒がず、黙々と運転してくれるのが、心強い。  尾花沢の名産がスイカだということなど教えてくれる。  真夏には、スイカシャーベットなど食べることができるそうだ。  この尾花沢近辺は、『おくのほそ道』にまつわる場所が目白押しだから、来年の夏 に、スイカ・シャーベットを食べがてら来るかと、計画する。 「蚤虱(のみ・しらみ) 馬の尿(しと)する 枕もと」で有名な尿前(しとまえ) の関も見てみたいから、来年は間違いなく来るな。  塗りつぶしマニアとしては、『おくのほそ道』で、芭蕉が訪れた場所は、全部行っ てみたいのだ。  午後1時。新庄駅着。  何たって、新庄はいちばん新しい新幹線の終着駅である。  塗りつぶしマニアとしては、一度は訪れておかなければいけない場所である。おな じ塗りつぶしマニアの岸本好弘さんが、すでに今年、この新庄を訪れていることも私 は気になっていた。
モダンな駅舎
 おお! 物産店があるぞ。  新庄の名産を買いまくる。くぢら餅。名古屋のういろうみたいな食べ物だ。ずしり と重い。
 柿まんじゅう。こっちの名産のつるし柿が1個入ったまんじゅう。新庄の名産とい うより、さくらんぼ東根の製品のようだ。
 タクシーの運転手さんが言っていた「ぺちょら漬」があった。 「ぺちょら漬」とは、まさに『桃太郎電鉄』のためにあるような名前だ。
 意味は「ナスの漬け物でぺちょっとしてる!」という程度だが、何より言葉の響き がかわいいではないか。 「ぺちょら漬」が登場するかどうかお楽しみに。  さらに「のど焼けだんご」という、これまた『桃太郎電鉄』にとって、うれしい名 前のお団子も売っていた。おだんごのうち、ひとつだけワサビが入っているお団子だ そうで、お笑いの余興につかいそうな食べ物だ。
 こういったものをたくさん買い込んだので、移動がどんどん難しくなってきた。通 常なら、家に全部宅配してしまうのだが、29日には、京都入りしてしまうため、手 違いがあると、来年のお正月明けまで、荷物を取ることができなくなってしまう。  ちなみに、ずんだ餅は、この新庄あたりでは、ずんだん餅という言い方をする。山 形あたりでは、じんだん餅と変化する。呼び名が違うだけだというので、ひと安心す る。  午後1時37分。つばさ134号で、山形に向う。  雪を見疲れたのか、うとうとと眠くなる。  午後2時19分着のはずの山形新幹線は、10分遅れて、午後2時30分に山形駅 に到着。豪雪のせいだ。  午後3時33分に、仙山線の電車が発車してしまう。  最初から14分後に発車と設定しているのは、冬場はこのくらい遅れるのを予定し ての時間だな。  新庄でお土産を買いすぎせいで、電車のホームまでが遠い。  車掌さんがマイクで「仙山線は7番線です! 急いでください!」と案内している。    なんとか、間に合う。  しかしすぐ電車が発車するはずが、なかなか出ない。  仙台からの列車が到着しないので、発車することができないのだ。  だったら、遅れると言ってくれよなあ。    こっちの作戦としては、仙台までたどり着けば、雪の恐怖から逃げられると思った のだが、列車が遅れてるということは、仙台も雪かな?  走り出したあとも、途中の駅で遅れている電車を待つために、8分停車。古い車体 をぶるぶる震わせて、雪の中を必死に走る。  仙台と山形。途中に山寺もあるというのに、こんなにおんぼろの列車というのは不 思議な気がする。  その山寺駅が近づいた。つい1ヶ月くらい前に登った山寺を窓から覗くつもりが、 まったく雪のために、山寺への登山口だけがかすかに見えただけ。  午後5時50分。仙台着。  仙台も雪だあ。寒い!  新庄で豪雪を見て来たばかりなので、驚くほどの雪の量ではないが、あとで地元の 人に聞いたら、仙台としては十分大渋滞になるような大雪だそうだ。  感覚というものは、本当に対比でしか、感じることができないようだ。  午後4時。仙台国際ホテル。  午後5時30分。定禅寺(じょうぜんじ)通りの光のページェントを見に行く。  日本じゅうで、光のイルミネーションが流行したり、表参道のように、廃止してし まった場所もあるけど、この仙台のイルミネーションがいちばんきれいだと思う。  定禅寺(じょうぜんじ)通りの中央分離帯が広い並木道になっていて、ここの木に、 鈴なりに電飾が付いているので、360度光に囲まれているような気分になる。
 その道を歩くのだ。ロマンティックだよ。  ましてや、きょうは降りしきる雪。  しかしうっかり防寒帽をホテルに忘れて来てしまった私は、短時間で、人間雪だる まになりそうである。  少し歩いては、ジャンプして、雪を払い落とす。ロマンティックは遠い昔の思い出 のようだ…。  もっとじっくり見ていないのだけれど、寒い!  風も強くなって来た。  定禅寺(じょうぜんじ)通りから、一番町通りへ。  最近この界隈の地理にかなり明るくなって来た。  仙台牛の「大胡椒(だいこしょう)」があるからだ。わっはっは。  午後6時。また来てしまいました!「大胡椒」!  今年3回目!  おなじみの佐々木さんが出迎えてくれる。 「娘さんは合宿に行ってるそうですね!」 「はっはっは。日記読まれてる〜!」  きょうは夫婦水入らず、ふたりきりの「大胡椒」なので、いつものデジカメ写真は 無し。心行くまでじっくり「大胡椒」のお肉とガーリックライス海苔巻を味わいたい。  デジカメしてると、どこかやっぱり取材している気分になってしまうものだ。  その証拠に、このお店の美味しい前菜のサラダを3回もお代わりしてしまった。気 が緩んでる証拠だ。  前回美味しかったお味噌汁をまたまたサービスで出してもらう。  寒いだけに、温まる〜!    午後8時。ホテルに戻る。  例によって、嫁とは別室なので、きょうの取材をまとめる作業。 『桃太郎電鉄』としては、大量の収穫。新庄駅の物件名を変えるつもり。えっ? 新 庄駅って、『桃太郎電鉄』にあったっけかなあ?  はははのは〜!
 

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