10月11日(水)

 話は、9月26日の日記に遡(さかのぼ)る。

 9月26日の日記をここに再録する。

<日記の再録>
 午後1時。築地のハドソンへ行く。
 きょうはひさびさに、ハドソンの名誉会長・工藤裕司さんと打ち合わせ。
 席上、とんでもない依頼を受ける。
「ちょ、ちょっと、それは会長、私には無理ですよ!」
「大丈夫ですよ。期待してますよ!」
「ダメ、ダメ! 絶対期待できないですよ!」
 工藤さんはときどき、こういう突飛なことを言い出して、みんなを驚かせる。
(中略)
 というわけで、このとんでもない依頼が何かは、10月の中旬には間違いなく
この日記で明らかになる。びっくりするよ〜! 私もまさかこういう依頼とは思
っていなかったからね。お楽しみに。
<日記の再録終了>

 そのとんでもない依頼の日が、きょうである。
 昨日の日記で、明日は笑える大事件が待っているので、早めに寝る…と書いた話題
が、きょうこれからの話である。

 なんと!!!!!
 さあ、驚く準備はできましたか? 
 行きますよ!

 私はTVのCMに出演することになった〜〜〜!!!!!

「うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 球場のウエーブのように、叫びとも笑いともつかぬ歓声が、全国津々浦々で巻き上
がるのを感じたぞ! 『ドラゴンボール』の元気玉か?

「何それ? 何それ?」
「何? 何? 何?」
 急ぐでない!

 私が出演するのは『桃太郎伝説1→2』のTV用のCMである。顔が出てしまうの
だよ〜! セリフは無いけど! 
 とにかくまずは笑ってくれ〜!
 笑ってくれないと、私はしらふでこれからのことをしゃべれない。

 ハドソンの名誉会長・工藤裕司さんに必死に「私は演技はまったくダメですよ!」
と言い張ったのだが、工藤さん、笑って「大丈夫ですよ!」をくりかえしているうち
に、きょうを迎えてしまった。

 午後1時。築地のハドソン。
 すでにハドソン桃太郎事業部の梶野竜太郎くんがビルの1階どころか、道路まで出
てきて、私と嫁を迎えてくれた。
 のんびり1時間後ぐらいから始まるのだろうと思っていたら、すでに撮影隊の準備
は万全。今からすぐ撮影開始だという。
 うひょ〜! ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ! 
 気持ちの整理がまだできていない。

 撮影現場へ。
 このずらりと並んだ、ものすごい機材は一体何?
「そこの○○○○を、笑って!」
「そこの箱を雪舟にして!」
 おお! 映画用語ではないか! 生で聞くのは初めてだぞ。

 私はマスコミの仕事のほぼすべてを見てきた男だが、こと映画業界だけは、無縁の
男だった。せいぜいリメイク版『ゴジラ』のときに、撮影隊を遠巻きに見ながら、週
刊少年ジャンプの巻頭グラビアの記事を書いたぐらいのものである。

 だから、こんな本格的な映画の撮影隊を間近で見るのは初めてなのだ。
 もとい! 間近ではなかった。当事者だったのだ。
 ただでさえ、緊張するような場面なのに、こんな本格的な機材の山に、頬はひきつ
り、早くもトイレに行きたくなる。行ったところで、これっぽっちも出ないのだろう
が…。

 きょうのCM撮影の監督である、工藤会長がにこやかに話しかけてくれたのは覚え
ているのだが、何を言われたのか、私が何を言ったかをまったく覚えていない。
 これでも撮影の前には、何かおもしろいことをやってやれ!とか、ドリフの志村け
んサンの真似をしてやれ!とか、いろんなことを考えていたのだが、まったくすっ飛
ぶ! かろうじて、白いっぽい衣装か、青っぽい衣装を持って来てくれといわれたの
で、昨日、横浜のベイスターズ・ショップで買って来た、ベイスターズTシャツを、
桃太郎まつりハッピの下に着込む。ここまでが最大限の抵抗。 
 あとはすっかり借りて来た猫状態。

 メイクさんが来て、顔にドウランを塗ってくれる。
 うひょ〜! 本核的だよ!
 太秦映画村で、お金払って、『暴れん坊将軍』のメイクをしてもらって以来だよ。  あのときは単なる遊びだ。  どんどん引き返せない場所へ、場所へと、私は駒を進めている。  いよいよ撮影開始!  最初に撮影したシーンは、机に座っている私が、「はっ! ひらめいたぞ!」とい う表情をする場面。  カメラテストから入るのだが、ど素人以下の私は案の定、テストのとき、いちばん いい演技ができて、本番になると、顔がこわばる。 「はい! OKです!」  みなさんが妥協して、OKを出してくれているのがわかるだけに、恥ずかしいった らありゃしない!  すごすごと、小走りに、梶野竜太郎くんや武田学くんのいるところまで逃げ帰る。 典型的な弱っちいレスラーが、四つんばいでコーナーポストまで逃げ帰るシーンであ る。
 しばらくして、次のシーン。  今度はくるっと振り返って「ひらめいたぞ!」のときのガッツポーズ。  カメラの横に貼られた、白いテープのところに目線を合わせるんだけど、まんまと 本番一発目に、白いテープを見落とし、目線合わせに失敗する。  はっはっは。見事な大根っぷりだ。  アリtoキリギリスの石井正則くんは毎日こんなことやってんだなあ。すごいなあ …などと思うこともその場では思いつかないほどだった。  いやあ、こんなにすごい機材に囲まれて、いちいちメイクまでしてもらって、私を 撮影するなんて、映画のフィルムがもったいないったら、ありゃしないよ!  顔から火が出るどころか、顔で茶を沸かすことができるくらい恥ずかしい! 「はい! OKです! しばらくお休みください!」 「すいません! すいません!」  誰彼なく、とにかく謝りながら、すごすご小走りに、嫁と梶野竜太郎くんと武田学 くんのいるところまで逃げ帰る。足が不自由なくせに、妙に逃げ帰るのが速い! 本 当に恥ずかしいのよ〜!  いやあ、よくTV見ていて、スポーツ選手が下手くそな演技で、CMに出てるのを バカにしていたけど、きょうから絶対バカにできないなあ! 巨人の上原の十六茶の CMの演技が、アカデミー賞ものに見えてしまいそうだよ。松井の焼肉の演技なんか、 国宝にしてほしいくらいだ。  とにかく弱気の絶頂に落とされる。絶頂じゃ、落ちないでしょうが、自分でツッコ ミを入れる。  梶野竜太郎くんや、メイクさんが、しきりに横浜ベイスターズの話とかして、気を 紛らわせてくれる。  もうしわけない!!!  いよいよ最後のシーン。  これが難しかった。実写で登場する桃太郎役の人に対して、にっこり微笑むという のだが、もちろん、相手役の人は目の前にいない。
   カチンコが鳴って、すぐに微笑むことができない。 「わっはっはっは!」と爆笑するほうが、下手くそなことに変わりは無いのだが、楽 にできる。微妙な演技というのは、素人にはとてつもなく難しいということを初めて 知る。  午後3時。撮影終了。  やっと笑顔が戻る。その笑顔を本番で出せよな!  どのくらい緊張していたかというと、このCMはいつ頃から放映するのかを聞くの すら忘れているくらいだ。  とにかく放送が開始されたら、ツッコミを入れてくれ!  下手に同情されると、私のアイデンティティが破壊されてしまう。  みんなで年忘れだ! 思い切り笑い飛ばしてくれい!  嫁と、帰りのタクシーに乗ったとたん、ものすごい睡魔に襲われる。  でも興奮状態なので、眠れない。  また血圧上がってるんだろうなあ。    午後4時。帰宅。  ベッドに横になるが、眠いのに、まったく眠れない。  しばらく仕事をして心を落ち着かせる。    おっ! うちの娘が帰って来た!  やばいぞ! 実は今から、私は娘がと〜ってもうらやましがる所に行く。  しかし、娘は今からピアノのお稽古があって、家庭教師の先生が来る。  この日記でちらっと書いたけど、きょうはこれから、「バッファロー吾郎の逆転満 塁ホームラン寄席」を見に行く。  あの私が大阪で審査員をやった、新ネタ披露の会の東京版だ。  あの続きで、今回のゲスト審査員が、なんと! 神谷明さんなのだ。  これをバラしたら、娘はピアノと家庭教師の先生をほったらかしてついて来るに決 まっている。娘がいちばん憧れの人が、実は神谷明さんなのだ。プライベートでもお 付き合いさせていただいているのに、さらに憧れの人なのだから、娘の神谷明さんへ の心酔っぷりはすさまじいものがある。  午後5時30分。娘には何も言わずに、嫁と下北沢へ。 「火の国ラーメン」で、皿うどんを食べる。  午後6時。下北沢駅南口。プルモビル3F「駅前劇場」へ。  まずは神谷明さんの楽屋にご挨拶。  いつものように、にこやかに会ってくださる。
神谷明さんと
 話題の週刊少年ジャンプ出身の編集さんたちで構成される、来春発刊予定の青年漫 画雑誌『コアミックス』についてあれこれ教えてもらう。  神谷明さんは、かなり深い立場でこの雑誌に関係するそうだ。  聞くと、週刊少年ジャンプの編集者のなかでも、特に漫画に対して情熱が高い人た ちがこぞって参加するようだ。私も知っている人たちだけに、聞いているだけで興奮 する。    う〜む。『週刊少年ジャンプ』で、連載していたときの血が騒ぐ〜!  何をしたらいいのかわからないけど、何か手伝いたーーーい!    開演が近くなったので、バッファロー吾郎のふたりに挨拶をしてから、客席のほう へ。  放送作家の福本岳史くんも到着。  放送作家の小林ガボちゃんが席を用意してくれた。ありがとうございます。  会場は、空気が薄くなるくらいの超満員。
満員御礼
「すごい人数ですね〜!」と福ちゃんが驚く。  最近お笑いのライブはだんだんお客さんが入らなくなってきているそうだ。  なのにこのお客さんの数は尋常じゃないそうだ。  おや? 前のほうに、さくまにあの馬場ダイくん、丸堀彩文さん、丸倉よしのサン が勢ぞろいしてるではないか!  あとで聞いたら、この日記を読んで、たぶんこのイベントのことだろうとみんなで 予想して、来てくれたそうだ。うれしいなあ!  午後7時。開演。  ビリジアン、スミス夫人、はりけーんず、ケンドーコバヤシ、バッファロー吾郎、 リットン調査団の順番で、新ネタを披露する。  声を大にしていいたい!  きょうのバッファロー吾郎のふたりのコントは、絶品である! 「古くて、新しい!」  素晴らしいギャグが誕生した瞬間を見た気がした。  これは私がよく感じる直感である。  私には、岩崎摂さんのような霊能力は無いが、お笑いに関しては、ずっと当てて来 ている。これは直感でなく、私もギャグを生業としていたからこそ言えることなんだ けどね。  ふたりは、学校の教師。  教師が、文化祭でお笑いコンビを結成することになった。  お笑いに縁の無い教師が、必死にお笑いコンビをめざすところが、最高におもしろ い。コンビ名を考えるが、「経度と緯度」とか「コルホーズとソフホーズ」としか浮 かばない! ぎこちない教師がまさに絶対自分たちの学校にもいたと思わせる。    笑わすことができない様を描くことで、笑わせるというのは、 「古くて新しい!」。  これがいいたかった。  こんな興奮はめったにないよ。  いやあ、いいものを見せてもらった。  いつか彼らがこのネタで当たったとき、自慢するぞ〜!  本当にふたりには、このネタを大事にしてほしいなあ。
                  バッファロー吾郎の木村くんと
 午後10時。終演。楽屋にご挨拶して、私と嫁は帰途に着く。  さくまにあのみんなには「これから家に帰って、日記書くからここでゴメンね〜! きょうの日記は長くなるよ〜!」と言って別れる。
 午後10時10分。えっ? タクシーでわずか10分で家に着いてしまうの? う ちから下北沢って、こんなに近かったんだあ!  娘に、「これ、神谷明さんが、『娘さんに!』って、わざわざ言ってくれて、プレ ゼントしてくれたやつだよ!」といって、名探偵コナンの絵が描かれたコンビニカー ドをあげる。  もちろん…。 「え〜〜〜! 神谷さんいたの? ずる〜〜〜い! 行きたかった〜!」  はっはっは。やっぱり怒った。 「えっ? ってことは、あたしが学校から帰ってきたとき、ふたりは神谷明さんがゲ ストで出ることを知ってたってこと! ずる〜〜〜い! 教えてくれなかったあ!  知ってたら、ピアノと家庭教師さんキャンセルして行ったのに〜!」 「だから、おまえに言わなかったんだろ〜!」 「あっ。そっか!」  怒るわりに、うちの娘は納得が早い。  神谷明さんがゲストということは、午前中の小林ガボちゃんのメールで知ったのだ。 娘は学校に行く前に、私たちが神谷明さんがゲストと知っていたのではと、疑惑の追 及をやめない。  途中から、すでに追求が、お笑いのネタのようになっているところが。うちの娘の 変なところである。  さて、明日から「怒涛の桃太郎チーム!京都合宿!」が始まる。  思い切り頭をきりきり言わせて、へばりまくりに行く。  きょうから数日間は、ちょっと高血圧必至!  血圧の薬を多めに飲んで、がんばる!  もちろん美味しいものも食べる。  遠出もする。  最後には、総勢12人に膨れ上がる予定!  だから早く寝るって、書いたけど、もう午前0時を過ぎていた!  今からお風呂入ったら、寝るのはどんどん遅くなってくじゃないか!  第一、まだ旅行用の仕度をしていない。    とにかく寝る。また明日!
 

-(c)2000/SAKUMA-