5月20日(土)


 夜中、長野のメトロポリタン・ホテルで、何度も目が覚めるも、
昨日おいしいものをたらふく食べているし、横浜ベイスターズの連
敗が止まったので、気分がいい。
 このところずっと続いていたイライラが、どうやら消えそうだ。

 いつものように、土曜日は午前8時に『いい朝8時』で、西アナ
ウンサーを見て、午前8時30分になったら、『いつでも笑みを!』
で、アリtoキリギリスのふたりを見る。
 このパターンを、この半年間で、全国各地から見ているような気
がする。土・日を利用しての旅行が多いせいだろな。

 午前9時。無性に、コーヒーとトーストが食べたくなって、嫁と
グルメ・バカ娘を誘って、1階ロビーの喫茶ルームへ。
 和洋折衷バイキングという、あまり期待できない朝食。
 まあ、これからまた、おいしいものを食べに行くのだから、空腹
さえ満たされればいいのだ。といいつつ、焼いたトーストがなかっ
たので、ちょっとムッとする。バイキングだから、トースト焼くと、
さめてしまうからやらないんだろうなあ。

 午前10時。柴尾英令くんも、成沢大輔くんも、時間通り、ロビ
ーに集合とは、これいかに! ずいぶん優等生じゃないか。ちっと
も破綻が無いぞ!
 昨夜も、午前2時過ぎには、ホテルに帰って来てしまったそうだ。
 当然「午前7時ですよ、帰って来たの〜、おえっ!」ぐらい期待
していたのに、つまらんなあ!

 またまた長谷川さんが、ワンBOXカーで迎えに来てくれて、ホ
テルを出発する。
 この奇態、いや希代の食い道楽者たちは、またこれから、昨夜に
続き、おそばを食べようとしているのであ〜る。

 車は長野市街を抜けて、高速道路に入る。
 ありゃ。けっこう遠い所に行くんだな。
 サービスリアの名前が、川中島、須坂と、変化していく。
 なんだか、どんどん遠い所へ向かっていないか?

 信州中野、豊田飯山といった名前まで出てきたぞ!
「長谷川さん、これから行く、『ふじおか』っていうおそば屋さんは
どこにあるんですか?」
「黒姫です!」
「黒姫〜〜〜??? 黒姫っていったら、新潟県でしょ!」
「長野との県境です!」
 とても、漫画でパンチをくらって、顔がめり込んでしまった、お
相撲さん・黒姫山というギャグを飛ばすのも忘れて驚いた。
 う〜ん。昨日の夕方から、私たちは、ものすごい距離を疾走して
いないか? 軽井沢から、長野、長野から、黒姫。

 高速を降りた車は、細い道を抜け、いかにも高原の別荘地街とい
ったところを走る。黒姫高原スキー場とかいう看板も見え始めたぞ。
 私は旅行に行く場所は、必ず近辺を予習して行くけど、長野の近
辺は予習して来たけど、黒姫まではしてないよ。
 期末テストの出題をハズした、生徒の気分だよ。

 午前11時。新緑の林のなかの、おそば屋さん「ふじおか」に到
着する。
 車を降りて吸った空気のおいしいこと。ミネラルウォーターのよ
うに、この空気を市販できないもんかねえ。
ふじおか
     お店で順番を待つ。このお店は予約がきかない。  午前11時30分の開店の前に来て、待つしかないのだ。  16席しか無いので、埋まってしまった時点で、次の入店は、午 後1時30分になる。要するに待たされる。待っても、こんな林の なかの一軒家。近くで時間を潰す場所なんてない。  長谷川さん曰く、「気合を入れて来るお店」だそうだ。  そういうお店なのだろう。すでに1組私たちよりも先に来て、待 っているカップルがいる。  午前11時30分。開店。あっというまに、16席がちょうど埋 まる。  なんだか、わくわくする。  昨日からの会話のなかで、長谷川さんが、相当の食い道楽という ことは、十分わかった。その長谷川さんが、昨日の「東間」より、 味の落ちるお店を、翌日に持ってくるはずがない。  もはや日本シリーズの先発投手を推測する気分である。  早くも、グルメ・バカ娘の超能力が始まったのか、にこにこ、う きうきしている。まだおそば出てきていないよ。頼むから、そうい ううれしそうな顔で、学校から帰って来てくれよ。  まず季節の野菜料理が出る。  いきなり、この料理のおいしさに度肝を抜かれる。
ふじおか
     スナックえんどうの胡麻和えに、驚く。ほかにも野菜の名前を説 明されたが、私は山菜が最も不得手なジャンルなので、ここにちっ ともその名称を書くことができない。  でも、おいしかったのよー!  しばらくすると、今度はお漬物が出る。  キュウリに、カブに、キャベツに、ワサビに、ゼンマイのお漬物 の盛り合わせ。  柴尾英令くんが「僕は、お漬物が苦手なんでけっこうです」に、 みんな口では「食べてみなよ、おいしいよ!」と言いながらも、笑 顔。ひとりあたりの取り分が増えると大喜びだ。そのくらいおいし い。
ふじおか
     前後するけど、ここのお酒が抜群に美味いようだ。  嫁も真っ赤な顔をして飲んでいる。  ここまで真っ赤になって飲んでいる嫁を見るのは、初めてだ。  成沢くんも、柴尾くんも、相当飲んでいるようなんだけど、この ふたりは、プロの大酒飲みなので、その変化がわからない。ただふ たりとも、「うまいなあ! うまいなあ!」を連発しながら、うっと りしている。  さらに、そばがきが出る。
ふじおか
     私はあまり、そばがきは好きではない。好きではないというのに、 このそばがきはいったい何だ! こんな美味しいそばがきは、初め てだぞ。「もちもちとろり」じゃないか。私の知ってるそばがきとい うのは、「ぱさぱさずしり」だぞ。  いよいよ、おそばが来る。  まいりましたのー。  何なんだよ、この美味しさは! 腹が立ってくるぞ!  そこらじゅうの美味しいおそば屋さんには、すでにほとんど行っ てるはずなのに、まだこんなすごいお店が潜んでいるの?
ふじおか
     食い道楽の前頭2枚目くらいまでは来たと思ったのに、小結目前 で、連日上位陣と戦わされて、連敗。幕内どんじりまで落ちて、十 両まで逆戻りしそうな心境だよ。  細い麺なのに、力強さがある。  この力強さに、負けまいと「ずずずずずっ!」と音を立てて食べ る。  おいしかったら、敬意を表して、大きな音を立てて食べるにかぎ るね、おそばは。  おいしいおそば屋さんの、そば湯は絶対おいしいねえ!  ああ! 満足、満足!  そこへ「ぜんざい食べますか?」。  食べるしかないじゃないですか。ここまで来たら。
ふじおか
     あ〜、やっぱり、ぜんざいまで美味しいんだ。  こまっちゃったな、もう。  最近もう、人知を超えて美味しい物を食べたときは、文章にした くないよ。絵にも描けない美しさみたいなものだよ。文筆業がそれ じゃいけないんだけどね。  もうちょいと、食に対する語彙を増やしてから、挑戦したくなっ てきた。食材についても、もっと知識が欲しいよ。  きょうのメンバーのなかでは、私はグルメ・バカ娘とどっこいど っこいの最下位争いだもん。  反省してるっす。
ふじおか 満足〜〜〜!な顔。
     午後1時。「ふじおか」を出発。  もう車のなかFで、かがめないくらい、お腹いっぱい!  長谷川さんが「どこか寄りますか?」といってくださるんだけど、 予習不足もあるし、お腹がいっぱいで、眠くなっているので、答え ることもできない。  午後1時30分。野尻湖に寄ってくれた。これが野尻湖か! 小 学校の作文で、よく同級生が、「家族で野尻湖に行って来ました!」 と書いていた、あの野尻湖か!  急速に昔の怒りが込み上げてくる。
野尻湖 野尻湖
     我が家、といっても、私が小学生だった頃の家族ね。この家族は とうとう一度も家族旅行というものをしたことがない。夏休み明け の、報告会で、みんなが「田舎のおばあちゃんの家に行ってきまし た!」「親戚のおじいちゃんの家に行って、夏祭りを見て来ました」 といってるのに、私は「プールで、10メートル泳げるようになり ました」というのが、精一杯だった。  今こうして、グルメ・バカ娘を連れて、日本中旅行ばかりしてい るのは、やっぱり復讐なんだろうなあ。子どもの頃、やれなかった ことをやりたくて、大人をやっているんだろうなあ。  おかげで、私は理想の人生を送ってますよ。  あんな最低の子ども時代と比べたら、何もしなくても、いい人生 に思えてしまうけどね。最近ときどき、自動的に遮断していた子ど も時代を思い出す。  野尻湖の風が強いので、長谷川さんに、長野をめざしてもらう。  ダンス☆マンの『ワンBOXのオーナー』そのままに、長谷川さ んに運転ばかりさせて、こっちはお腹も満たされて、眠ってしまう。  成沢大輔くんは、VAIO片手に、競馬の馬券を買いまくっては、 ハズしているようだ。こんな美味しい物食べながら、馬券まで当た るわけないじゃないの!   午後2時30分。長野。東山魁夷美術館に寄ってもらう。
東山魁夷
     やっぱり長野に寄ったら、どうしてもここに寄りたい。  東山魁夷さんが1999年に亡くなってからは、初めてだ。  生前買った、リトグラフのオリジナル作品が飾ってあった。 『月篁』という作品。我が家の応接室の壁に立てかけてあるやつだ。 でもやっぱりオリジナル習作のほうが、直筆なので、10倍も20 倍も出来がよくて、ショック!  実筆ものは、目が飛び出るほど高いからなあ。  食べ物にはいくらでもお金出しても、惜しくないけど、まだ絵に お金出す勇気が無い。  この美術館は、途中の中庭のようなところの景色が、とにかく絶 品。ガラスが無いんじゃないかと思えるくらいに大きなガラスの向 こうに、水面があって、その向こうの山が、まさに東山魁夷さんの 絵に出てくるような、エメラルドグリーンの山。  東山魁夷さんの絵はあまり知らないという人でも、ぜここの美術 館に来て、この中庭を見て欲しいものだ。  美術館は歩きつかれる。  ラウンジで、コーヒー。みんなまだ、おいしいおそばで、お腹が いっぱいのようだ。今夜、東京に帰っても、体重計に乗りたくない なあ。  さらに「東山魁夷特別展」の第一会場から、第三会場まで、見て 歩く。見慣れた絵の原画、習作、試作画などが展示されている。  絵というのは、不思議なもので、こっちの年齢が変わるにつれて、 以前好きだった絵に対する印象が、うつろいでいく。  東山魁夷さんといえば、森の中に、幻の白い馬が登場するのが、 ひとつの特徴なのだが、年々、この白い馬が、構図のなかで、邪魔 に見えて来た。東山魁夷さんの絵が嫌いになったわけではない。  あの馬がいなくても、いい構図なのではないかと思うようになっ たのである。この心境の変化は何なのだろうか?  近年めまぐるしく、私を取り巻く環境が変化して来ているせいだ ろう。あと2〜3年してから、またここに来ると気づくような気が する。  幻を求めなくなくてもいいと思えるようになったせいか?  いずれ、長野から新潟に向かう地域は、今後の私の『桃太郎電鉄』 作りのなかで、残された課題部分なので、そのうち来ることがある だろう。
モデル モデル どっちが似てる?
     東山魁夷美術館を出て、善光寺へ。 「牛にひかれて、善光寺参り」でおなじみの、善光寺である。  もちろん、われわれは「そばにひかれて、善光寺参り」である。
善光寺
     しこたま歩きつかれて、重い足をひきずりながら、参道へ。  こんなにお腹がいっぱいのまま歩くのは、初めてだなあと苦しん でいるのに、チャレンジャー・柴尾英令くんは、「みそアイス」の看 板を見るや、「これは食べねばなるまい」と無謀きわまりない暴挙に 出る。さすがに、それはやばいぞ!
善光寺
     その脇で、グルメ・バカ娘が、「これ、おいしそう!」と、いつも の超能力を発揮して、みそだれ焼きおむすびを買っている。この期 に及んで、おむすびを食べるか、グルメ・バカ娘は!
善光寺
    「さくちゃん、おいしいよ、これ!」と、グルメ・バカ娘は、私の 口に、焼きおむすびを近づける。こっちはもうげっぷが出そうなの に、やめてくれよ! 「ほんとに、おいしいよ!」  このガキの「本当においしい」は、間違ったことがない。  思わず、パクつく。うまい! これはうまい! 焼き味噌をその まま、おむすびにしたみたいだ!  おお! みそアイスを食べた柴尾英令くんが、「苦しい〜!」と、 もがいている。  ひとくちめはおいしかったんだけど、ふたくちめからは、ずしり とお腹にこたえたようだ。  そういえば、わずか20時間前、軽井沢駅改札口で会ったときの 柴尾英令くんのお腹は引っ込んでいたのに、今目の前のお腹は、妊 娠10ヶ月のように、大きくなっているぞ。  わずか、20時間で。ここまでお腹が膨れるとは、いかがなもの か! ははは!  おいおい、グルメ・バカ娘が、お土産物屋の前のそばまんじゅう から、立ち上る煙りの匂いをかいでいるよ。
善光寺
     この集団はいったい何者だ。『ソドムの市』か、こいつらは!  長谷川さんの車で、長野駅まで送っていただく。  これだけ初対面の人に、あれこれと面倒を見てもらう経験は初め てである。長谷川さん、本当にありがとうございました!  午後4時27分。あさま528号で、東京に向かう。  さくまファミリーは、禁煙席なので、4号車。柴尾英令くんと成 沢大輔くんは、喫煙席の6号車。  無理に、相手に合わせない気遣いがうれしい。  大人同士の旅行のほうが、気遣いが減っていくのは不思議なもん だなあ。  車中、さすがに熟睡。  東京に近づくにつれ、雨が窓を叩く。  午後6時08分。東京駅に着くはずが、なぜかこの5人は、上野 駅で急に新幹線を降りた!  一体何が起きたのだ?  あれだけ、とどこおりなく進んだ、1泊旅行に始めての波乱!  しかも東京到着ぎりぎりに!  タ〜〜〜イムスリップ、4時間前!  東山魁夷美術館のラウンジで、コーヒーを飲んでいたとき、突然 成沢大輔くんが、恐ろしいことを言い出す! 「これだけおいしいおそばをたくさん食べたんですから、締めは、 東京で、お寿司っていうのは、どうですかね!」 「え〜っ! こんなにみんなお腹が苦しいのに、何ということを言 い出すんだよ〜!」 「おそばと来たら、最後は、魚でしょう!」 「いいね!」  誰だ、誰だ、「いいね!」と言ったのは!  やっぱり、おまえか、グルメ・バカ娘! 「喜寿司だね!」  何が、喜寿司だね、だよ! 「……………?」  おいおい、誰も反対者はいないの?  絶対こいつら、江戸時代将軍家に生まれたら、「生類食いっぱなし 令」とか発布するぞ!  午後6時。上野駅を出て、すぐ右の喫茶店。 「喜(き)寿司」に行くことを、承諾する代わりに、柴尾英令くん と、成沢大輔くんに、私のVAIOをカスタマイズしてもらう。喜 (き)寿司に予約を午後7時に入れたのと、もう少しお腹を減らし てから行きたい。  柴尾英令くんと、成沢大輔くんが、あれとこれは捨てましょうよ! と言いながら、VAIOをカスタマイズしていく。本来、あれとこ れの部分には、専門用語が入っていたんだけど、私にわかるわけが ない。アウト・ブレイクだか、アウト・ルックがどうのとか言って いたような気がする。 『アウト・ブレイク』は映画だ。  何たって、かつて私は。マック使いの達人に、マック2400を つかいやすくしてもらったときに、そのマック使いを驚愕させた男 だからね。 「さくまサン、システム・フォルダどこにやったんですか!」 「えっ? その『いらない』って書いたフォルダのなかじゃかった かな?」 「何てことするんですか!」 「だって、クリックしても、何も動かないんだから、捨てようと思 ってた」  いまだに、このことの重大さに私は気づいていない。  ただこの話を、メカに強い人に言えば、言うほど、目を丸くする ので、かなりやばいことをしたのだあということは、最近になって、 わかってきた。  午後7時。人形町「喜(き)寿司」。  魚にうるさい、成沢大輔が、にぎりを口に運んでは、何やら歌っ ている。指揮をしているようにも見える。 「いやあ、おいしいものを食べてると、お腹が空いて来るから不思 議ですよね!」
喜寿司 喜寿司
     あ〜、みんなの勢いにつられて、食が進む〜.ええい、腹八分目 体制、きょうは解除!  やっぱり、喜(き)寿司のお寿司は、おいしいや! あたりまえ だけど! 穴子の塩と、タレの2種類を食べられて、幸せ。  そういえば、もう喜寿司に着いてから、グルメ・バカ娘は「ああ!  なんて幸せなの〜」を連発する間隔がさらに短くなる。 「ふに〜。おいしそうに食べる人たちといっしょに食べるのが、い ちばん幸せ!」  うんうん、それは当たっているな。 「ここから帰りたくない!」  恋人といっしょにいて、帰りたくないというのはわかるが、お寿 司から帰りたくないというのは、どういう料簡でいっ!  午後9時。傘もささずに、雨の中、散会。  午後9時30分。帰宅。  昨日から、わずか27時間の出来事とは思えない。  2泊3日ぐらいの旅行から帰った気分だ。  このメンバーに、長谷川さんを加えたパーティ、またいつか、こ の日記に登場しそうである。  今夜はゆっくりお風呂に入ろう。
 

-(c)2000/SAKUMA-