5月3日(水)


 ケイスケくんは、午前9時に自宅を出て、時速4キロで北に向か
って歩き始めました。
 一方、アキラくんは、午前10時に、自宅を出て、時速6キロで、
ケイスケくんを追いかけ始めました。
 さて、何分後にアキラくんは、ケイスケくんに追いつけるでしょ
うか?

 そんな算数の問題が中学生のころ、あったように思う。
 きょうはそんな始まりの1日だった。

 午前9時すぎに、最古のさくまにあ・戸田圭祐は、大阪の自宅を
出たそうである。
 家を出て、いつものように「なか卯」で、鮭定食だかなんだかを
食べたそうだ。

 午前10時過ぎ。戸田圭祐から、私のiモードにメールが入る。
「いま、高槻駅から新快速に乗ったので、米原駅に着くのは、午前
11時17分の予定」
 嫁が昨日から京都にいるからいいようなものの、私ひとりでは、
メールを受け取れないことを、戸田圭祐はどうして心配しないのだ。
うっかり八兵衛だなあ。

 まあ、嫁が戸田圭祐のメールを傍受してくれたので、私、嫁、グ
ルメ・バカ娘の3人もあわてて、京都駅に向かう。

 午前10時40分。京都駅着。
 大阪から新快速で米原駅に向かっている戸田圭祐を、私たちが新
幹線で追い抜こうという趣向なのだ。
 これは戸田圭祐の希望でもある。
 新大阪から新幹線なら、米原はふたつめの駅で、せいぜい30分
とちょっとだ。それをわざわざ1時間30分以上かかる新快速に乗
っている。値段が安いという理由だけで。
 戸田圭祐には、格安という言葉が、便利に勝るようだ。
 しかも、私に新幹線で抜いてくれという。
 よくわからん趣味だ。

 しかし、京都駅からすぐ出る新幹線ひかり号は、京都の次は、名
古屋に着くから乗ることができない。
 その次の、新幹線ひかり230号は、午前10時57分発で、米
原駅には、午前11時19分に着く。
 う〜む。戸田圭祐は、午前11時17分。
 こっちが、2分遅れて、米原駅に着く。
 戸田圭祐の希望を叶えることができない。

 それどころか、全国的にゴールデンウィークだ。
 さすがに京都のみどりの窓口も長蛇の列だ。
 ひさびさに自動販売機で、新幹線のキップを購入する。これなら
並ばなくてもすぐキップが買える。領収書も出る。
 京都から米原まで、1駅わずか20分程度なので、10年ぶりぐ
らいで、自由席を買う。

 午前11時57分。ひかり230号で、米原駅に向かう。
 さすが、GW! 乗車率120%とでもいうのだろうか、通路に、
車両と車両のあいだに、人がびっしりである。
 何でGWで混雑するとわかっているのに、こんなに座れない人た
ちが自由席に殺到するのだろうか? 席はけっこう空いているのに。  
 誰かひとりでもトイレに向かうと、大騒ぎである。
 いっせいに身体をよじらせ、身体を倒して、人を通す。
 どの人の眉根も歪んでいる。

 だいたい自由席は、指定席とおなじような座席にする必要がない
のでは?
 山手線のような、デッキシートに、つり革にすれば、これだけの
人数が余裕を持って座れるのではないか?
 まあ、こういうと鉄道ファンから、口角泡を飛ばして、安全面が
どうたらこうたら、どことどこの区間の傾斜が何度だから、そこで
倒れる人間の数が何人出るというクレームが来るので、この辺にし
ておこう。

 私は鉄道マニアではない。
 電車に乗って、どこかに行って、おいしいものが食べられれば、
それでいい男だ。
 仕事柄鉄道の本を読むことが多いので、どんどん鉄道に詳しくな
ってしまっているけどね。

 さて、けっきょく戸田圭祐より2分遅れで、米原駅に着く。
 新幹線の改札口を出る。
 忠実な戸田圭祐のことだ。新幹線出口で心配そうな顔で待ってい
ることだろう。
 おや? おらんなあ。

 戸田圭祐の携帯に電話する。
「へ〜、いま新快速がホームに着いたところです!」
 何だ、電車が遅れたのか。
 ってことは、あわてふためいた戸田圭祐の忍者走りが見れるぞ!
 映画でおなじみのちょっと腰を落として、足を小刻みに前に出す
あの忍者の走りである。
 ご丁寧に、なぜかいつも右手を右肩に、左手は腰に当てている。
 忍者刀をかついでいるイメージなのかな?

 …と言うまもなく、来た、来た、来た! 走ってる! 走ってる!
 お得意の忍者走りで、跨線橋を走って来る。ものすごい勢いだ。
 もちろん戸田圭祐の顔はこわばっている。

 別に1分と遅れたわけではないのだから、ゆっくり来ればいいの
だが、遅れると何はともあれ、あわてふためく回路が作動する男な
ので、心行くまであわてさせてあげないといけない。
 
 忍者走りをしながら、刀の代わりに携帯電話をプッシュしながら、
なおも走ってくる。人ごみを掻き分けながら。

 案の定、目の前に私が目に入らず、走り抜けようとする!
 家族3人で、笑い転げる。
「戸田圭祐、こっちだ! こっちだ!」
 私は携帯に怒鳴る。

「へ〜、えろうすんまへん! おまたせしました! ふひ〜。 さ
あ、いきまひょっ!」
 せっかちな男だ。

 米原駅というのは、交通の要所で、名古屋に向かう電車もあれば、
北陸に向かう電車もある。まず乗り換えにだけつかう駅である。
 そんな駅なのに、4人は改札口から外に出る。

 雨が降っている。
 昨日の蒸し暑い天気から一転して、風も出ているし、寒い。
 もちろん傘なんてものは持っていない。
 これから300メートルほど歩いて、また戻って来ないといけな
い。こんな駅だから、もちろん売店がない。傘を売っていない。
 面倒なので、タクシーに乗る。
「この先300メートルくらいのところまで行ってくれません
か?」
「えっ?」
「あっ、そのあと彦根までお願いします!」
 300メートルだけ乗るお客は困るよな、運転手さんは。

 雨の中、米原駅から京都方面へ、線路と平行にタクシーは走る。
 ここに2台の新幹線が展示されている。
 以前から、ここに展示されている、新幹線を見に来たかったのだ。
 さっき、私は鉄道マニアではないと言ったが、間違いなく鉄道マ
ニアのようだ。

 ここはJRの風洞実験をする研究所である。
 この庭に、現在のぞみ700系として、走るはずだった試作車が
展示されているのだ。
 ひとつが、STAR21という車両で、もうひとつがJRWES
Tという車両だ。
 このふたつの車両のデータはいま、手元にないので、くわしいこ
とが書けぬ。
 とにかく私は以前鉄道雑誌で、STAR21を見てほれ込んでし
まった。クサビ型と呼ばれる斬新なボディは、いつから走るのかず
っと楽しみだった。

 秋田新幹線こまちのときも、これが走るのかなと思った。
 500系新幹線が東海道を走ったときも、これが走るのかなと思
った。
 そうこうするうちに、このSTAR21のことを忘れていた。

 ところが今年のお正月、インターネットで全国各地のことを調べ
ていたら、あのSTAR21が米原駅に展示されているというでは
ないか!
「これは行くしかないぞ、戸田圭祐!」
「へい!」
 戸田圭祐は、鉄道のことになると、絶対否定しない。
 いまも私と戸田圭祐はいつJR西日本を走る、レイルスターに乗
るかという相談ばかりしている。

 そんなわけで、雨の中こうして、STAR21の前に立っている
のである。惜しむらくは、このSTAR21、予約すると、実際に
見せてもらえるそうである。私の予定は常に流動的なので、予約と
いうものができない。
 だからこのGWなら、一般公開してるだろうと思って来たのだ。
 しかし誰もいない。
 鍵もかかっている。
レイルスター
     金網越しに、にやにや眺めるだけである。  およそ3分間ほどで、満足。  その前に、雨で寒い。  食い道楽家族+1は、彦根をめざす。  タクシー運転手のSさんが、司馬遼太郎ファンだったので、道中 大いに盛り上がる。何でも弟さんが出版社マガジンハウスの『ター ザン』で主任をされているそうである。  どおりで話が合うわけだ。  運転手さんに「出版関係の人ですか?」と聞かれて、思わずうれ しそうに「はい!」と答えて、嫁や戸田圭祐に笑われる。  仕事柄、ゲーム作家というようにしているが、プライベートでは 出版人でいたいのだ。  この気持ちがわかる人、少ないだろうなあ。  午後12時。彦根のガイドブックには、何軒も近江牛ステーキ屋 さんが載っている。こういうとき、グルメ・バカ娘の超能力が発揮 される。ガイドブックを見せて、「どこがおいしそうか?」と聞け ば、ぴたりとおいしいお店を当てることができる。  かくて、真っ昼間から、石焼ステーキを食べることができたので ある。「ふじまさ」という彦根の郊外にあるお店。 「ふじまさき」というギャグをいって、笑うのは、35歳以上かな。  一応すぐ思いつくギャグなので、言っておかないと。
肉
     石焼ステーキは、黄味おろしという、大根おろしに卵を混ぜる食 べ方もできるようだ。  これがおいしかった。  もちろんポン酢でもおいしい。
すし
     牛にぎり寿司もおいしかったなあ。 「1皿3つです」というので、生肉があまり得意でない私が辞退し たのだが、しっかりお店の人が1皿に牛にぎり寿司を4つ乗せて持 ってきてくれた。  この心遣いがうれしい。  近江牛といえば、長年我が家の全国お肉ランキング1位の京都 「三嶋亭」があるが、あの味にやはり似ている。しかもかなり匹敵 する、いや、肉だから、肉薄といったほうがふさわしいか。  1位に善戦したほどの味である。  そんなわけで、4人は空気を入れられたカエルのように、おなか をさすりながら、「苦しい! うれしい! おいしかった! でも 苦しい! うれしい! おいしかった! でも苦しい!」を繰り返 しながら、彦根城キャッスルロードに向かう。
かくれんぼ
     午後1時30分。「苦しい」と言いながら、「菓友倶楽部」で、大 福餅とコーヒーだ! 前にもここで食べたが、和菓子のおいしいお 店だ。    食後、和ローソクのお店などを覗きながら、彦根城大手門をめざ す。きょうはやたらお祭りの山車がたくさん出ている。お稚児さん をやたらと見る。
行列
     午後2時30分。さて、彦根城である。  賢明なる「さくまにあ」なら、昨年2月27日に来て、天守閣の 急な階段で死にそうになった彦根城に、何でまた来るのかと思うか もしれない。  きょうは天守閣まで行かなくてよいのだ。  途中の天秤魯とかいうところで、おなじみNHK『葵・徳川三代 展』をやっているのである。  大垣、関が原、東静岡、駿府公園と続いた『葵・徳川三代展』、彦 根でもやっていると知れば、来ずにいられないのだ。  しかし彦根でもやっているというのは知らなかったなあ。
天秤魯 城
     知らなかったはずである。  ほかの『葵・徳川三代展』より、圧倒的に小規模で、なおかつし ょぼい! お土産屋もなく、展示物もちょぼちょぼ。メイキングビ デオが流れていたので、長居したが、ビデオがなければ、10分間 くらいですべて見終えてしまう規模である。  さすがに彦根城なので、井伊直政中心の展示はなかなかよかった。
展示 入り口 たしかに入り口から、しょぼい!
     しかしすっかり忘れていた。  この天秤魯と呼ばれるところまで来るのに、ものすごい傾斜の石 段を登ることを! 1段1段の石が大きい。あらかじめ用意された 杖を借りて、登ったのだが、「ひい〜、ひい〜!」。 へとへとである。太ももがパンパンになる。
石段
     午後4時39分。米原駅から、こだま421号で、京都へ。  車中『さくま式人生ゲーム2(仮)』の題名を考える。  そろそろそんな時期になって来ている。  いまのところ『さくま式人生ゲーム2』はサブタイトルで、メイ ン・タイトルが何かほしいと思っている。  いくつかアイデアが出る。 『さくま式人生ゲーム2/しょぼくれ人生』。 『さくま式人生ゲーム2/人生激情!』。 『さくま式人生ゲーム2/すっとこどっこい』。 『さくま式人生ゲーム2/底抜け脱線!』。  そんななかで、次の3つが候補に。 『さくま式人生ゲーム2/噴飯(ふんぱん)物』。 『さくま式人生ゲーム2/キ・ワ・モ・ノ』。 『さくま式人生ゲーム2/笑止千万!』。  最後のふたつ、『さくま式人生ゲーム2/キ・ワ・モ・ノ』と 『さくま式人生ゲーム2/笑止千万!』が気に入っている。ほかに もおもしろい題名が思いついたら、ぜひ『ほんのチョイ係』まで!  午後5時2分。京都駅着。  午後6時。京都のマンションに戻り、荷物をおいてすぐ、戸田圭 祐の大好きな和食のお店『忘吾(ぼあ)』に行く。  戸田圭祐、ひさびさの『忘吾(ぼあ)』に、思い切り鼻腔を膨ら ませ、「ふ〜む! ふ〜む!」の連続である。  おいしさを言葉にしようとして、あげく断念の「ふ〜む! ふ〜 む!」である。気持ちは十分伝わった。  グルメ・バカ娘は学校で、竹の子を表現する「えぐい」という言 葉を教わったそうだが、「えぐい」はわかっても、竹の子の「えぐ い」というのは、どんな味かわからなかったのだそうだ。  そういえば、私は東京で食べる安物の竹の子の「えぐみ」のせい で、7〜8年前まで、竹の子が大嫌いだった。  それが京都で竹の子を食べるようになって、おいしい竹の子しか 食べたことがなくなったので、当然グルメ・バカ娘は、えぐい味の 竹の子を知らないのである。  これは幸福なのか、不幸なのかよくわからないことだ。  その隣りで、戸田圭祐が「竹の子っていうのも、おいしいやつや と、やわらかいんですなあ〜!」と、やわらかいもの評論家っぷり を発揮していた。  午後8時。京都相互タクシーの宮本さんに迎えに来てもらって、 高台寺のライトアップを拝観に行く。  豊臣秀吉の正室、ねね様のお寺である。  池の水面に写る木々の若葉が美しい。  竹林のライトアップが、目に鮮やか。  石庭の明かりがちょっと悪趣味。
石庭
     俗化しすぎた感もなきにしもあらずだが、観光立国京都は、その 立地条件のよさににあぐらを掻き過ぎて、年々ものすごい勢いで、 観光客が減少しているそうだから、高台寺ぐらいの「けれん味」は 必要だと思う。  午後9時。京都のマンションに戻り、いよいよスーパー・テスト プレイヤー戸田圭祐の出番。  グルメ・バカ娘と、『さくま式人生ゲーム2(仮)』のテスト・ロ ムをプレイ。  のっけから、デビル・マスにばかり止まって、早くも戸田圭祐ら しさを披露する。「ぬわわわわわ!」という擬音も忘れない。  最初戸田圭祐は、サラリーマンを職業に選び、グルメ・バカ娘は、 スチュワーデスでスタート。  途中、バグったところで、戸田圭祐は発明家(マッド・サイエン ティスト)、グルメ・バカ娘は、勇者で再スタート。  まだテストロムだから、よくバグる。  戸田圭祐、発明家のランダム・メッセージに、涙を流し、膝を叩 いて、笑い転げる。  作者としては、とてもうれしいのだが、このあと彼を悲劇が襲う。  これはまだテストロムである。  テストロムというのは、まだ確率のチューニングがうまくいって いない。とくにまだこのロムでは、離婚率が高いので、離婚イベン トが発生してしまった。  バツイチの戸田圭祐をゲームの中で、またしても離婚させてしま った。すまぬ、ゲームだ! 確率だ!  午後11時。大爆笑のうち、テストプレイ終了。  うひ〜。疲れた、疲れた。  やっぱり多数のテストプレイヤーを見るより、戸田圭祐のゲーム のやり方を見るほうが、直さなきゃいけない箇所がはっきりしてい いなあ。  反応がわかりやすいし。  少ない世帯数のデータなのに、TVの視聴率の精度が高いような もんだな。 また明日も戸田圭祐には、活躍してもらう予定!
 

-(c)2000/SAKUMA-