3月1日(水)


 旅行するはずの朝。
 まだ喉が痛い。
 でも身体のだるさは昨日よりましだ。

 となれば、旅に出てしまうのが、私だ。
 いつも夢は枯野をかけめぐる松尾芭蕉の気分だからね。
 ユンケルを1本飲んで、グルメ・バカ娘に「呪うなよ!」、「京都
の『M』で待ってるぞ!」と言って、嫁と家を出る。

 きょうから実姉に来てもらって、グルメ・バカ娘がグルメ・貞子
に変身しないように、監視してもらう。
 キング・ボンビーか? うちの娘は?
 けっこう近いかもしれない。

「留守はセコムがお守りいたします!」
 よしよし。セコムの準備もOK!

 午前9時。東京駅。
 資生堂パーラーにて、サンドイッチとコーヒー。
 野菜が喉にひんやりして気持ちいい!
 …なんてこと言ってるようじゃ、風邪の調子まだ悪いじゃないの。
はい、その通り! 今回はちょっと無理したい理由があったのだ。

 驚くなかれ、今年の3月6日で、私と嫁は結婚10周年なのだ〜!
 いちばん驚いているのは、私と嫁なんだけどね。

 なにしろ結婚式もやらなかったし、いきなり当時はまだグルメで
はなかった3歳の娘が、おしゃれ小鉢プレゼントのようにもれなく
付いて来ちゃうし、私は過去に4回も婚約破棄したことのあるよう
な脛が傷だらけの男だったので、こっそり結婚した。

時期でいうと『ジャンプ放送局』をやってるときに、結婚したん
だけど、みんな気づかなかったでしょ? 
たぶん江ノ島でみんなで遊んだ写真が載った巻あたりじゃないか
な? 横山智佐の水着写真が載ったやつだ。
 遠い記憶なので、いいかげん。

 そんなわけで、とても10年も続くと思わなかったので、たまに
は嫁に何かをプレゼントせにゃということで、今回の温泉めぐりツ
アーとなった。
 うちの嫁は、まったく物欲が無い。
 元宝石商なので、金銀パールプレゼントにも動じない。
 豪華なドレスも考えたが、私がパーティ嫌いなので、着て行く場
所が無いから、いらないという。
 となれば、やっぱりうちの家族存続のテーマである「旅と食べ物」。
 これが一番手っ取り早い。

 とはいえ、めざす場所は、北陸、能登半島一周に、加賀温泉郷と、
『桃太郎電鉄』に登場しない場所ばかり。
けっきょく視察という名のお仕事じゃないか!

 あんまりサービスになっていない。いや、全然だ。
第一、  新幹線に乗ったとたん、嫁に仕事の相談をしている。
 どこが、結婚10周年記念なんだ。
 
 誰だ?「フルムーン旅行ですか?」といいたげなやつは? 実際
この間フルムーンの年齢を計算したら、そう遠くないので、愕然と
した。若者に聞かれた「さくまサンって、戦争経験者ですか?」以
来のショックだ。
 で…。おっと、危ない、危ない! このまま話を先に進めると、
私が戦争経験者と認識されてしまう。戦後の生まれだよ! 言って
おくけど。
 というわけで、風邪を引いたまま、旅が始まる。

☆☆☆☆☆
 午前9時52分。のぞみ9号で、まず京都に向かう。  米原からだと、直通の電車が無いのだ。  車中、やっぱり新作『桃太郎電鉄』のアイデア出しを始めてしま う。いよいよこの3月から『桃太郎電鉄』の仕様書を書き始めても いいようなので、今回のゲームの目玉部分だけでも、初稿を書いて おきたい。せっかちだ。  それにしても、昨日までの寒さが嘘のように暖かい。  ふたりとも相当寒いことを覚悟はしているつもりだ。  なんとか豪雪地帯を、タクシーでドアからドアを繋げば、部屋は 暖かいだろう。寒さのためなら、金に糸目はつけないぜ!  午後12時10分。京都駅着。  京都もやっぱり暖かい。  昨日までの寒さが、本当に嘘みたいだ。  駅を降りる改札口で、ちょっとしたトラブル。  自動改札口を抜けようとすると、ウルトラマンのカラータイマー のようなピコン、ピコンと鳴るではないか!  新宿のみどりの窓口で、ちゃんと駅員さんに確認してもらったぞ。  乗車券は、東京−和倉温泉まで買った。 特急券はのぞみ号で、京都まで。さらに京都から、和倉温泉まで、 グリーン特急券を買っていた。  なのに京都駅で下車するとなると、京都―山科間の乗車券が必要 だと駅員さんはいうではないか!  しかも新幹線の京都駅構内からそのまま在来線の構内に入るなら、 乗車券は必要無いというへんてこりんなシステム。  しかし次の電車まで、1時間近くある。  駅のプラットフォームで、1時間もぼ〜っとするのは、つらい。  ましてや、風邪を引いたままなので、体力が消耗するのは困る。  けっきょく、乗車券を払って、出ることにした。  私と嫁の分、京都―山科間、1人180円、ふたりで、360円。  えっ? またあとで乗るときにも、乗車券いるの?  ってことは、途中下車するだけで、720円?  最古のさくまにあ・戸田圭祐の1日の食事分でっせー!  納得いかねーなー!  まあ、私はJRの味方だから、ガマンするけど、次の特急列車で、 終点の駅までグリーン車の券を購入してるお客さんに、このくらい の金額はサービスしてもいいんじゃない?  いまどき、東京から1日で、和倉温泉まで行く、酔狂なお客さん いないんだからさあ!  納得行かないまま、途中下車。  めざすは、伊勢丹地下2階。  先日買い損ねた、「はつだ」の特選和牛弁当を買うのだ!  食い物のことになると、執念まるだしだなあ、自分!  すっかり改札口のトラブルも忘れている。  おーし! あった、あった! このお弁当が買えない日は、月曜 日。ちゃんと暗記してるよ。きょうは水曜日だ!  まだたっぷり時間があるはずなので、ホテルグランヴィア京都の 2F「ル・タン」で、カフェオレ。  ふうっ。一息つくなあ!  おや? いつものように、携帯電話を置いたら、なんと! 液晶 の文字盤が、午後12時55分を指しているではないか! 次の電 車の出発時間は、午後1時08分だぞ! あと13分しかない!  まだカフェオレを半分も飲んでいないぞ。  おい! おい! おい!    あっ! 京都駅の乗り継ぎで、一悶着あったせいだ。  危ない、危ない。1本乗り遅れたら、北陸行きはきょうはもう電車 がありませんってことあるからな!  カフェオレは、もったいなかったけど、先を急ぐ。  午後1時08分。京都駅1番ホーム。サンダーバード19号が入 線して来る。  やっぱり嫁が、かつてのTV映画『サンダーバード』の主題歌を 口ずさんでいる。世代だなあ。この特急に名前をつけたJRの人も この世代なんだろな。  北陸本線を長いこと走っている「雷鳥」シリーズの単なる英語読 みかもしれないけれど。  サンダーバードは見慣れた琵琶湖の西を北上する。 さっそく「はつだ」の特選和牛弁当を食べる。 牛肉だらけの下に敷かれたキャベツがしゃきしゃきおいしいんだ。 嫁はもうちょっと肉に甘味があったら、申し分ないと言っていた が、きょうのお肉は、前に食べたときよりも甘くない。 味を守るのは難しいのだろうな。 琵琶湖と、田畑の雪のコントラストがきれいだ。   
     田畑の雪は、まるで不二家のショートケーキのクリームを塗りた くったようなぼってりとした真っ白だ。  おいしそうな白さだよ。  天気がよくて。  吹雪いていない雪景色というのは、安心して見ていられるようで いいな。  左側には、ごま塩頭のようにまばらに白い山々が連なる。  この調子で北上して行くと、一面の銀世界に粉雪舞い散るってや つが待ち受けているんだろうなあ。  し、しまった!  京都駅で、長靴を買うのを忘れた。  積雪30センチが待っているはずなのだ。  京都駅があんなにポカポカ陽気だったので、すっかり忘れてしま った。  まあ、積雪30センチなら、長靴も埋まるわな!  列車は、敦賀、福井、芦原温泉、加賀温泉、小松と通りすぎて行 く。  おや? 車窓からの景色が変だぞ。 琵琶湖のときより、全然雪が少ないぞ!  どうしたんだ?  屋根のすみっことか、駐車場のはしっこにしか、雪が残っていな いぞ。昨日までの積雪30センチはどこに消えたんだ? 北海道な ら一度雪が降ったら、最低3日は雪が残るぞ。長けりゃ春までだ。 こっちの雪は温度が上がると、溶けやすいのか? でもいかにも雪 が蒸発している様が見えるわけでもないしなあ。  体調不良のことを考えると、雪が降っていないほうが助かるんだ けど、どうせ風邪をおして来てしまったんだから、ピンチのひとつ やふたつあってほしいと思うのが、芸人魂というもんだし、日記を 読んでる人たちも期待していると思う。  どうも拍子抜けの気分だ。  おっ! 北陸最大の都市・金沢が近づいて来た!  さすがにほかの特急停車駅とは、スケールが違うなあ。  でも雪が見当たらない。 「美術さ〜ん! 雪が足りませんよ〜!」と言えば、TVだと雪降 らせてくれるんだけど、こっちは生放送だからね。  ここ金沢駅で、列車は、前3両と、後ろ4両とに、引き離される。 前の車両は、富山に向かい。私たちが乗っている、後ろの車両は、 羽咋(はくい)、七尾を通って、和倉温泉駅に到達する。  列車の引き離しもスムーズで、何の話題もなく、列車は能登半島 をめざす。  どうもJRになってから、電車の運行もスムーズになりすぎて、歯 ごたえが無いなあ。  あの「ガッチャンコー!」という、あたりの空気を引き裂くよう な音が懐かしいものだ。  実は、能登半島をめざす旅は、約20年ぶりだ。  あの頃の能登半島への旅なんてのは、本当にすごかった。  特急とは名ばかりで、脇の道を走る、ライトバン、軽自動車にど んどん抜かれていく。  遅いんだ、とにかく。  電車の速度が遅いと、眠くなる。  何度寝ても輪島までたどり着かない。  圧巻は、列車のアナウンスだった。 「この電車はただいま30分遅れています…」 「……………?」  30分遅れていますのあとに「もうしわけございません」も何も 無いのだ。  こっちじゃ、30分程度遅れるのはわざわざ謝るほどの時間じゃ なかったんだなあ。まだ国鉄時代だったせいもある。  今のJRしか知らない若者が、昔の国鉄に乗ったら、びっくりす るよ。改札の人から、車掌さん、駅員さんにいたるまで、刑事かと 思うくらい、偉そうだったんだから。  今でこそ、発券はほとんどがコンピュータがやるのが当たり前に なっているけど、当時は珍しかった。  コンピュータがあまりにも見事に、券を作るのに、驚き、思わず 「すごいなあ!」と、私がつぶやいたら、「何か文句あるのか!」と 言われた。それが国鉄である。
☆☆☆☆☆
午後4時20分。東京駅から、約5時間半電車に乗って、ようや く、和倉温泉に到着する。 着いた〜。疲れた〜! ゲホゲホゲホッ! 大きく息を吸うと、咳が出る。 やっぱりちょっと辛いなあ。やせ我慢するんじゃなかったかな あ?   駅前は、もう夕方なのに、とにかく明るい。 これが北国なら、真っ暗闇だ。 こっちは3月の声を聞くと、明るいんだなあ。     和倉温泉駅は想像はしていたけど、小さな駅だ。  関西の奥座敷と言われる温泉街のわりには、駅前も寂しい。  そのなかでは、ひときわ大きい、地上20回建ての巨大ホテル「加 賀屋」にきょうは泊まることになっている。  すでに加賀屋の人が、マイクロバスで迎えに来ている。 しかし『桃太郎電鉄』の作者としては、駅のまわりを探検してお きたいので、やんわり断る。  駅の構内などに、特産品コーナーや、お土産屋さんがあったりし て、こっちの大事な資料になることが多いので、この時間はあとか らタクシーに乗ってでも、譲れない。  なのに、ちっとも特産品のコーナーもほとんどないのは、いかが なものか。(C)柴尾英令くんが得意な口調の「いかがなものか」だ。 一度つかってみたかったぞ! わっはっは〜、ゲホゲホッ!  やっと見つけたなまこ、くちこといった、特産品も地味だ。 「金ん子(きんこ)」という、ちょっとおもしろい名前の品を見つけ たが、誰が見ても、真っ黒く乾いた犬の路上うんちだ!  ちと、やばい形状だぞ。  駅構内の駅付近図も見る。  きょう寄り道したほうがいい場所をチェックする。  無さそうだ。   能登島ってのが、観光スポットらしいが、すでに夕方。明日は朝 早くでかける予定だ。断念する。  断念するなら、マイクロバスに乗って、そのまま旅館に行けばよ かった。  と思ったら、まだマイクロバスが待っていてくれた。  たくさんのお客さんを乗せたあとの、マイクロバスのようで、私 と嫁しかいないのに、2人だけを乗せて、旅館まで運んでくれた。  さすがは「プロが選んだ旅館ベスト100」という本の1位に何 年間も輝く旅館だけのことはある。  しかし、今回の旅で、私たちは、他人の評価はあくまでも、その 人の評価だということを、とことん思い知らされるのであった。  ゲーム雑誌が選んだゲームが、必ずしもどの人にもおもしろくな いようなもんだね。  ただゲームなら、何だ思ったより、つまらないじゃなかと、やめ ればすむのだが、なかなか旅はそうはいかない。  …なんて、話がこれから3日間ほど、続く予定だ。  お楽しみに。  例によって、旅の最中の日記は長いことは、覚悟してね!  というわけで、七尾湾を望む場所にすっくと立ちはだかる巨大ホ テル「加賀屋」に到着する。
vaio 七尾湾
     ここから先はいろんな人の趣味によるのだが、私と嫁が想像して いた通り、かなり成金趣味の旅館。  都はるみショウとか、大阪SKDのショウは豪華であるが、私に とっては魅力的ではない。  さらに、地上20階建てまで瞬く間に駆け上るシースルー・エレ ベーターははっきりいって、拷問である。  けっきょく部屋に入るので、1回。  大浴場に行くので、行き帰り2回。  まだ3回しか、私はこのシースルー・エレベーターに乗っていな い。  でも乗ったんなら、感想をと言われても困る。  目をつむって、乗っているのだから、感想など言えない。  嫁に言わせると、シースルー・エレベーターのドア側は、鏡張り になっていて、どっちを向いても外の景色が見えたようだ。  ただエレベーターの速度が速いので、ガマンする時間が短いとこ ろは良い。  悪いばかりではない。  大浴場は、七尾湾が見えて最高に気持ちがよかった。  ものすごい湯量だ。滝のように落ちてくるお湯は圧巻だ。   お湯も塩っぽくて、身体のなかから温まる。 「は〜、極楽、極楽!」と思わず、つぶやきそうになる。  露天風呂にも入ってみる。  すでに大浴場のほうで、入りすぎていたので、汗だくで、長いこ と入っていることはできなかったが、それでも十分いい気持ち。  午後6時30分。食事。  日本旅館特有の質より量を優先させた料理が、ずらりと並ぶ。  たぶん十分美味しかったと思う。  東京と京都で死ぬほど美味しい物を食いまくっている私には、こ ういうレベルの美味しさを上手く語れる言葉を持ち合わせていない のが、情けないやら、嫌味やらだ。    もしこの「加賀屋」に行くことがあったら、こいつらこんな美味 しい料理を食べても、ごく普通に感じるのかと、ののしってくださ れ! それが真っ当な感想だと思う。
料理
     お目当ての寒ブリも出たけど、京都の「忘吾(ぼあ)」で出してく れる寒ブリのほうが、上だし、越前ガニは、今年魚津屋で、マクガ イアの腕みたいな太さの蟹を食べてしまっているので、まったく動 じないのだ。ごめんなさいとしかいいようが無い。  むしろ、きょう前半で、うんこのようだと酷評していた、「金ん子 (きんこ)」がまったく想像していた味と違っていた。なまこを干し た食べ物で、ゼリーのようにぷるるんとしているのだ。なかに玉子 まで入っていておいしかった。  ホタルイカの沖漬けがきょうから解禁だそうで、ちょびっとしか 出なかったけど、これは美味しかった。  ホタルイカの沖漬けで、お茶漬けぐらいのほうが、この口が奢り まくった夫婦はたぶん感動するんだろうなあ。  いかん、いかん。こんな調子で書いていくと、本当に嫌味なやつ らと思われてしまう。  でも、高いお金払って、この旅館来ているんだから、大衆旅館の 象徴である、紫色の固形燃料を燃やす鍋だけはやめてほしかったな あ! あれ出ると、一挙に下品な旅館に思えてくるから、不思議だ。  でも、豪華なショウに、テーブルにこれでもかと並ぶ料理の旅館 は苦手だ。  どうも今回の旅は、結婚10周年にもかかわらず、私たちの思惑 とは違う旅になりそうだ。
 

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